札幌(とか)の銭湯を(おふろニスタが)行く

家が火事になりましてね。風呂がないんですよ。で、チャリで札幌の銭湯を巡っていたら、いつの間にかおふろニスタになっていました。中年男性がお風呂が好きだと叫ぶだけのブログです。

extra8)白石区・大豊湯・共栄湯・美春湯 豊平区・鷹の湯・東豊湯

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大きなうねりの始まりは「共栄湯」だった。

パインアメの湯』という大人の子ども心をくすぐる薬湯が実施されると、札幌の銭湯愛好家たちはにわかに色めきだった。

「女房を質に入れてでも行かにゃッ!!」

「仕事なんてやってられるかッ!!」

「甘い匂いに誘われるのはカブトムシだけじゃねえぞッ!」

それぞれの思いを抱え、共栄湯の超ぬるパインアメの湯へとたどり着き、そして、おのおのが芳醇な駄菓子の湯の中で溶けた。

そのうわさは道内をかけ回り、Twitterを通じ、旭川へと伝わった。そして、パインアメの湯は旭川健康ランド旭川高砂台 万葉の湯で実施されるにまで発展した。

旭川でもパインアメの湯は大人の子ども心をくすぐり、身も心もとろかせたと聞く。

道内に巻き起こるパインアメ旋風はとどまることを知らない。

8/8(土)5店舗合同実施ッ!!

かつてこのような催しが行われたことはあったのだろうか。

共栄湯から始まった流れは、旭川を経て、共栄湯、大豊湯美春湯白石区銭湯四天王、鷹の湯東豊湯という豊平区豊平の2店舗にまで還元されることになった。

パインアメの湯』

その甘い香りが、札幌市内同時5か所に解き放たれる。

私はどうすればいいのだろう。

共栄湯で、超ぬるパインアメの湯でもう1度とろければいいのだろうか。だったら、100円で借りられる高級レンタルシャンプー&トリートメントは早い者勝ちになるだろう。

大豊湯なら、もしかしたらパインアメうたせ湯なんてことが起こってしまうのだろうか。レンガ造りのテレビのないストロングスタイルのサウナと水風呂で温冷交代浴がすすむはずだ。

美春湯のバンダイスタイルで手入れの行き届いた昔ながらの銭湯を感じ、目の前にケロリン桶のピラミッドを見ればいいのだろうか。脱衣所のきっちり貼られたポスターを無料で使えるドライヤーを使いながら愛でるのも乙だろう。

それとも、東豊湯でおっちゃんこ座りのできる浴槽でぐだーっとパインアメの湯につかり、隣の「飲める水風呂」にちゃぷちゃぷ手を突っ込んで、きゃっきゃっ、うふふすればいいのだろうか。

いや、やはり鷹の湯で、パインアメの湯の甘さを求めてゆるんでしまった頭のねじが吹き飛ぶほど熱い湯船につかり、「人生は甘いだけじゃあないんだな」と痛感するのがいいのだろうか。

選べない。

私には選べない。

でも、あなたは選べる。

いや、むしろ選ぶべきだ。

あなたが久しく銭湯に足が向いていなかったのなら幸いだ。

久しぶりに訪れる銭湯は、こんなにも、こんなつらい状況においてでも、私たちに楽しみを用意してくれる場所だと知ることができる。

もしあなたに子どもがいるのなら幸いだ。

大人の子ども心ですら、これだけ魅了するパインアメの湯ちゃんは、子どもの子ども心にはさらにダイレクトに響くだろう。それは一生の思い出になるはずだ。しかも、8/8(土)は小学生以下の子どもは保護者1名につき2名まで無料なのだ。

8月8日(土)、パインアメの湯に行きたい。

そんな気持ちになってくれたらうれしい。

で。

で、ですね。

実は『岩下の新生姜の香り湯』っていうのがありましてね。

え?いや、別に。

ええ、いや。なんでもないです。

ははは、いやだなぁ。

せん湯とごはんvol.5)石狩市弁天町『番屋の湯』と札幌市中央区大通西2丁目『サンドイッチの店 さえら』

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桃。

それは世界一おいしい食べ物の名だ。

少しかためのものをキンキンに冷やす。次に、表面の産毛が気にならなくなるくらいまで流水で洗う。皮は剥かない。

それをそのまんままるかぶりする。

手にしたたる果汁をちょっと下品だな、と思いながらも口でちゅぷちゅぷ舐めとってしまう。

鼻腔に甘い香りが突き抜ける。

舌に夏が広がる。

歯でしゃくしゃくととぅるとぅるの間の感触を何度も楽しむ。ときには上あごと舌でくちゅくちゅと押しつぶしてみる。

名残惜しい気持ちをおさえて飲み込む。

我慢などせずに二口目にかぶりつく。

また口の中で皮がぷつんと弾ける。

垂れる果汁。繰り返される恍惚。

これが恋なのだろうか。それとも愛なのだろうか。思い出すだけで、好きという感情があふれる。

だが、別れは突然やってくる。

高校時代、桃アレルギーを発症してしまった私は、それから2度と桃を味わえていない。

唇が腫れる。喉のかゆみがあらわれる。体に蕁麻疹が出る。目が腫れる。垂れる果汁に反応して肌が荒れる。

呼吸がしにくくなる。

一瞬、死が頭をよぎる。

桃を皮切りに私のアレルギーは加速していった。

りんご、さくらんぼ、梨、洋梨、キウイ、プラム、びわ

数え上げればキリがない。

スーパーに並ぶフルーツのほとんどは食べられない。いくら愛しても、フルーツは私を愛してくれない。食べたことのない果物も、ここまでアレルギーが進行してしまえば、何が大丈夫で、何がだめなのかなど、もはやわからない。

だが、食べたことがないもので、食べられそうな果実がTwitterのタイムラインにあらわれた。

その名は『シャインマスカット』

これは女房を質に入れてでも行かんとッ!!(独身)

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札幌の喫茶店の老舗『さえら』。

おしゃんな方々がフルーツサンドに舌鼓を打つ店。

今までの私なら単騎で特攻しようとは露にも思わないであろうお店だが、『シャインマスカットのサンドウィッチ』となれば話は別だ。

シャインマスカット。話には聞いたことがある。

曰く、「マスカットとは別物」

曰く、「今までのぶどうは何だったんだと思った」

曰く、「高いと思ったけど、食べてみたら安い」

そんなうまいものが、生クリームとパンに挟まってんだってんだからたまったもんじゃない。生クリームだって、パンだって、ほっといたってうまいんだから、そんなものこの世の終わりとハードボイルドワンダーランドだ。

ありったけの勇気の鈴をリンリンと鳴らし、階段を下りる。店内飲食ではなく、テイクアウト。愛と勇気だけが友だちでも、1人でこのお店で食べるのはちょっと無理だ。

完成までは20分くらいかかるというので、大通公園でくつろぐ。

踊り狂うティックトッカー。

オフ会をしているであろう男女。

ママとパパ。笑顔の子ども。あたたかい家族の光景。

シャインマスカットサンドウィッチを待つ中年男性。

なんて多様性あふれた公園なのだろう。

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完成したサンドウィッチには保冷剤とおしぼりが入っている。ささやかな気づかいがそえられている。

それを味わうためには、私も最高のシチュエーションをもって迎え入れざるを得まい。

どこがいいだろう。

生まれて初めてのシャインマスカット。『さえら』のおしゃんてぃなサンドウィッチ。どこがふさわしい?

『……ば』

また、声が心の中でひびく。

『……んば』

???

『……んばんば』

!!??

『……んばばんばんば』

めらっさめらっさ!!!

青い海が呼んでる!白い波も歌ってる!

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大通公園からもっとも近い海と言えば銭函だろうか。たしかに札幌市民にとってはとてもお手軽な海だ。

車ならば、だが。

チャリンコ乗りの私にとって、思いつきでいけるほど銭函への道のりは容易ではない。坂が多すぎる。

私だってバカじゃない。それはあまりに無謀だ。

必然、私は石狩へと向かうことにした。石狩平野というだだっ広い平地を貫く石狩街道を鼻歌交じりでこぎ続けていればいつかきっと海にたどり着ける。それが石狩だ。それが北海道だ。

ペダルをこぎ始めるとすぐに道路の走りやすさに気がつく。

日ごろ、「無駄だな」なんてうそぶいていた道路工事は、こうやって恩恵を市民にもたらすのか、と独り言ちる。

やるなぁ、田中角栄

田中かくway

by the way

stay away

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来たッ!!

海だッ!!

シャインだッ!!

サンドウィッチだッ!!

激烈に抱えた空腹に耐えられず、ビーチに自転車を投げ出し、シャインマスカットサンドウィッチにかぶりつくッ!!

……甘い。

…………うまい。

…………………うますぎる。

なんだか少し泣けてくる。甘いとうまい以外の感想が出てこない。

ちょっと落ち着いて、コンビーフサンドウィッチを食べる。

……しょっぱい。

…………うまい。

………………うまぁああいッ!!

ふごふごふごふごふごふご

ふごふごふごふごふごふごふごふごふごふごふごふご

ぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひぶひ

……………あれ?

俺のまわり、人がいない。

俺のまわりにだけ、人がいない。

これがソーシャルディスタンシングの力か……

コロナめ。

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なんか疲れた。

おで、なんか疲れた。

癒されたい。もふもふ。わんちゃんもふもふ。

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わんちゃん。

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石狩浜すぐ近くの温泉宿『番屋の湯』では、カピバラのゆきちゃんが我々を迎えてくれる。

疲れた体をモール温泉で癒すだけでなく、ゆきちゃんが(ガラス越しに)もふもふで心まで癒してくれる。

もう着ている服すら重い。履いているズボンすら不愉快だ。パンツなんてもってのほかである。ゆきちゃん、ごめんね。俺、早くトビたいんだ。

名残惜しいゆきちゃんとの別れ。

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番屋の湯は、熱湯と超ぬる湯を準備してくれているのがありがたい。

それに加え、海風を浴びられる露天風呂、ぬる湯、寝湯。もちろんすべてぬるぬるタイプのモール温泉。そして、サウナ、水風呂が控えている。

まずは熱湯。

熱い。

よいぞよいぞ。

いい。

とってもいい。

さ、水風呂、水風呂。バイブラなしのキンキンタイプ。

じっくり体を冷やそう。

で、外気浴。

はー、思えば遠くに来たもんだ。

平野っつっても、大変だったなぁ。

シャインマスカットうまかったなぁ。

でも、コンビーフもあんなにうまいとはなぁ。

コンビーフ缶ってキコキコアケルタイプじゃなくなったんだよなぁ、確か。

ジダイのナガレなのかなぁ。

ジェダイノナガレカ

センゴクジェダイ

シルベスタースタローンシュエンロッキーフォー

タナカカクエイシュエンロッキード

一発でラーメンズニルヴァーナである。

最近、最初の熱湯→水風呂で遠くにトベる。老いが怖い。

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じっくり2時間温泉を楽しんだ後、また海岸へと向かう。

夕暮れまでにはまだ時間がある。だが、昼ほどの明るさはない。少しだけ夜の足音が近づいている気配がする。

くつろぐ家族。キスする男女。騒ぐ男たち。はしゃぐ女たち。

海だ。

風景を、空気を、それを味わう余裕が生まれる。

夏だ。

全身で季節を味わえる。この非日常の光景が、自分が今、現実の世界に存在していることを教えてくれる。

『今』って、なんなんだろうな。改めて感じる疑問を胸に立ち上がり、おしりについた砂をはらう。

さぁて、帰るか、SFみたいな日常へ。

1つ伸びをして、私はビーチをあとにした。

……

…………

………………

え?

こっから札幌帰るの?

チャリで?

マジで?

え?

せん湯とごはんvol.4)手稲区富岡『ていね温泉ほのか』と『ほのか特製冷麺大盛り』

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禁煙を始めたのは2年前。20年余りにわたり吸い続けたタバコとのソーシャルディスタンシング。

けれど、嫌いになったわけじゃない。

誰が何と言おうとタバコはかっこいい。

思わずこぼれる涙の理由を「煙が目に染みただけ」と答えることができる。

ラッキーストライクなら、看守のポケットに入れるだけで、女優のポスターを監獄から注文することができる。

Marlboroなら「Man always remenber love because of romance onlyの略なんだぜ」と言いながらシングルモルトのロックをカランと鳴らすことができる。

かっこいい。モテる。モテたい。

つまり、私は今、禁煙を続けることが苦しくなっている。

このままでは遅かれ早かれ、タバコをくゆらせ、ニヒルに笑い、「ふっ、人間ってやつはままならないもんだな」とつぶやくのは目に見えている。

そこで私は思いついた。

「禁煙をするために禁煙をやめればいいのだ」と。

まさにコロンブスの卵だ。私はコロンブスなのかもしれない。あるいはしゃかりきコロンブスなのかもしれない。

何を言っているのかわからないと思うが、いたってシンプルな話だ。私は自分が喫煙してもいい場所を1か所に決めたのだ。自分だけの喫煙所の設定。

そこが『手稲山ロープウエイ山麓駅前』だ。

この場所にピンとこない方が多数だと思うので、少し説明しよう。

手稲山は札幌市手稲区にある山だ。

そこは札幌のヒルクライマーの聖地と呼ばれ、サイクリストたちはこぞって『手稲山ロープウエイ山麓駅前』までの約9kmの道のりをのぼり続けている。その道程には下り坂がほとんどないため、脚を休めるタイミングはない。だから、攻略の難易度はけっして低くないのだが、ちょっと頭がどうかしてしまっている人たちはタイムアタックと称し、日々ヒルクライムを楽しんでいる。

もちろんロードバイクで。

私がタバコを吸うためにはここに来なければならない。そう決められてしまった。むろんチャリでの訪問だ。

しかし、私の愛車は長距離走行には向いていないファットバイクという種類だ。ヒルクライム用の自転車ではない。

だから、タバコを吸いたいと思っても、なかなか吸うことができない。まったく喫煙への道のりは文字通り険しい。

でも、だ。

だからこそ、だ。

だからこそ、燃えるんじゃないか。そう、それは恋の炎のように。らいとまいふぁいあ。

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手稲山ヒルクライムを決めてから、なんだかずっとソワソワしていた。

誰でもいいからいじめたい気分。そんな嗜虐的な思いがむくむくと湧いてくる。

だが、いじめはよくない。

この気持ちは何だろう。目に見えないエネルギーの流れが大地から足の裏を伝わってくる。

どうすればいい。

どうすれば。

そして、心の中のアントワネットがつぶやいた。

「誰かをいじめるのがよくないなら、自分をいじめればいいじゃない」

ーーーーーー

私の住む場所から手稲山まではおおよそ25kmある。だが、近道もまた存在する。

それが『小林峠』だ。

『小林峠』は南区と西区をつなげる札幌市内にある峠道で、ここを通ることで街中が避けられるので、かなりの時間短縮が望める。

車なら。

私は自転車だ。さらに、これから手稲山を自転車でのぼろうというのだ。近道をするためだけに、事前に峠を越えるなんて愚かの極だ。そんなバカげたルートなど通る必要はない。

……うか

??

……してやろうか

???

……うにしてやろうか

??????

お前を蝋人形にしてやろうかッ!!!

心の中のいじめっ子(10万38歳)が暴れ始める。だめだ、もう私にはどうすることもできない。

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手稲山入口。

ここまで実に30km弱。体も心もヘトヘトである。

いいかい、もう1度言おう。

30km弱。

近道したつもりで、25kmの道のりを30km走っていた。さらに1Lのポカリスエットの2/3が消失していることに注目していただきたい。

いいかい?まだ物語は始まっていないんだぜ?

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手稲山ヒルクライムで気をつけたいのがスタート直後だ。

手稲山はいきなり心を折りに来る。始まってすぐにもかかわらず、あまりに斜度がきつい。

暑い。もう脚がつらい。しかも、なんでか焚き火をしようと後ろの荷台に焚き火台まで積んでいる。重い。バカなのか、私は。

落ち込みながら自転車をこいでいると、心の中で会議が始まった。

私A「山頂まで脚をつかないという目標の変更を緊急動議として提案します」

私B「いいと思います」

私C「むしろ『脚を2回着かなきゃだめだ』というルールにするべきでだと思います」

私A「なぜですか?」

私C「彼は頑固で屈折しているため、意地を張って限界を超える可能性があるからです」

私B「たしかに。彼は痛みを無視し続けたため、盲腸を破裂させた過去があります」

私D「でも、決めたとしても彼は簡単には従わないわ。自分で納得して決めたこと以外は反抗する癖があるもの」

私A「では、『脚は2回まで着いてもいいけど、着かなくてもいいよ』でいかがでしょう」

私たち「賛成!!」

ーーーーーー

長い会議だった。

それでも山はまだ山のままだ。1/3も進んでいない。ロードバイクが私を追い抜いていく。車が横をすり抜けていく。

「てめえらは足をちょこっと踏むだけでいいかもしんないけどよ!」

悪態が口をついて出る。

でも、すぐに悪態も出なくなる。

そして、何も出なくなる。

ついに私はただペダルを回すだけの機械になる。

ぼうけんのしょはきえてしまいました

ぼうけんのしょはきえてしまいました

ぼうけんのしょはきえてしまいました

1時間、ペダルを回しつづけ、頭がバグり始める。

おきのどくですが。

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私はやってやった。しかも、1度も脚をつかなかった。えらい。

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このときが来た。

でもね、だめだったんだ。

なぜって?

いいかい、1度しか言わないからよくきいておくれよ。

ライター忘れた。

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覚えているだろうか。私のうしろの荷台に積んである無駄に重い道具を。

『焚き火台』である。

で、だ。

私はライター忘れた。

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1時間かけてのぼった坂道を猛スピードで駆け降りる。

うおおおおおおおおお!!!!

恥や外聞など知ったこっちゃない。

俺には叫ばなくてはいけない理由がある。猛スピードで振り切らなきゃいけない感情がある。

うおおおおおおおおお!!!!きつねえええええええ!!!

そういうときに飛び出してくるのがきつねだ。

本当に危なかった。あのスピードでぶつかったら、おそらくどちらも無事では済まなかった。

もういい。

俺はもうだめだ。

豪遊してやる。

パーティーしてやる。

江戸の敵を長崎で討ってやる。

ボロボロの体を引きずり、私はていね温泉ほのかへと向かった。

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身も心もずだ袋だ。ヘロヘロになりながら、入口に向かう。すると女性がお客さんひとりひとりに検温をしていた。

嫌な予感がした。

体が熱を持っている可能性がある。なんせあれだけの運動をしてきた。おそるおそる髪をあげておでこを出す。

「お熱測りますねぇ」ぴっ

「はい、36.5℃ですねぇ。どうぞぉ」

「はぁ、よかったぁ」

「体調悪かったんですか?」

「いいえ、手稲山に自転車でのぼってきた帰りなんで」

「え?なんでそんなことするの!?」

本当だね。なんでそんなことしたんだろうね。あと、おねいさん、びっくりしすぎて敬語忘れちゃっているよ。

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ていね温泉ほのか。

ここは天然温泉のスーパー銭湯だ。日ごろ、町の銭湯を利用している私にとってはアミューズメントパークである。ひとつひとつがウキウキウォッチングだ。

広い視界の開けた天然温泉の主浴でほわー。からの水風呂でしゅわー。

超音波で小さな泡を発生させているシルキー風呂でほへー。からの水風呂でぽわー。

2種類の露天風呂と外気浴でふわーん。からの水風呂でじゅわー。

釜風呂でぼへー。

超ぬるのソルト風呂でぷかーん。

そして、ドライサウナ。からの水風呂。からの外気浴だ。

ーーーーーー

ん?

んんん?

露天のベンチで強面のおじさんがスマホをいじっている。

やだなぁ。怖いなぁ。ぞくぞくするなぁ。

でも、きもちいいなぁ。

きちゃってんなぁ。

そりゃそうだよなぁ。あんだけいじめたらとんじゃうよ。

さぁ、塩サウナだ!

ーーーーーー

体中に塩を塗りたくって、ぬるめのスチームを堪能する。

わかる。

すでにわかる。

きれいになっちゃってる。

ぷるんぷるんになっていっている。

誰に見せる予定もないけれど。

それでも腕も足も胸も背中もおしりもぷるんぷるんになっちゃっている。

ひゃー!水風呂ー!きもちー!

がいきよくだ!がいきよくだ!

あっ!おじさんだ!

おじさん、まだすまほいじっているよ!

となりすわろー

おじさんおじさんなにをみているんですか?

「あ?競馬だよ」

ろてんぶろですまほいじっているとウタガワレマセン?

「写真とかか?」

ハイ―

「大丈夫、もう終わったから」

ヨカッター

「ん?」

ジツハボクウタガッテタンデスヨー

「……」

アレーオジサンイッチャッター

ナンデダローナーモウチョットオハナシシタカッタノニナー

無邪気な少年おじさんニルヴァーナである。

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いつも通り、ノーパンノーブラで館内着になる。すると、足元のふらつきに気がついた。

家を出発してから口にしているのはポカリスエット1Lのみだ。どうやらハンガーノックを起こしかけているようだ。

そうと決まれば、食べるしかない。

空腹は最大の調味料というではないか。

そして、今はニルヴァーナを迎えたあとだ。

モウガマンデキナイ

ホノカトクセイレーメンクダサイ

オオモリデ

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ぴゃー

ぴゃー

ぴゃー

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満たされた体と心と腹で、もう1度浴場へと戻る。

本当にほのかはアミューズメントパークだ。1日どころか、ずっといられる。楽しい。そして、すごい。あそこまで追い込んだというのに、体から疲労が消えている。

帰りたくない。

だが、帰らなくてはならない。

身と心が裂かれるくらいにうしろ髪が引かれる。でも、いつまでもいられるわけはない。

帰ろう。

今日はよくがんばった。自分を好きになれる理由が少しだけできた気がする。

すっきりした体と心で、帰り道の25kmを走ろう。

そう思い、私服へと着替える。そこで気づく。

替えのパンツがない。

あれだけの運動量だ。汗は大量にかいている。身も心もすっきりした。

でも、私には替えのパンツがない。

ーーーーーー

悲しい気持ちと少し濡れたパンツ。

日が暮れた夜道を私は自転車で進む。

そうしてぼくらは立ってる。

生乾きのパンツを履き、居心地悪そうにしてる

ラララ

ラララ

まったくだせえよ。

extra7)白石区菊水元町 湯めらんど

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重い。

体が重い。

心が重い。

体が重いから心が重いのか、心が重いから体が重いのか。卵が先で、鶏があとなのか、鶏が先で、卵はあとなのか。無から有が作られたのか、有が無を照らし出したのか。右がマナなのか、左がカナなのか、それとも左が俺で、俺がお前で、お前が俺なのか。

どこにもたどり着かない思考。見え透いたフォームの絶望で空回る心がループした。

こんな日は、布団から一歩も動けなくなる。夢と現を行き来しているだけで休日が終わる。

いや、夢が現実で、現実が夢かもしれない。SFのような日々が続きすぎている。

これが現実か?それとも夢か?頭ん中土砂崩れ、現実なら逃げられねえ。

こうやって日は暮れていく。起伏を失った感情で、窓から見える薄暗くなってきた休日を眺める。

(…ナ)

ふと頭の中に声が響いた。

(…イナ)

たしかに聞こえる。

(…ョイナ)

幻聴……いよいよ私も終わりの始まりなのかもしれない。

(…チョイナ)

???

(…ョイナチョイナ)

???!!!!!!!

あーーーーーーー!!!!!!!

「チョイナチョイナだッ!!!」

そう気がついた私は薄っぺらい掛布団を跳ね上げ、玄関を飛び出した。

終わってなんかいないッ!!俺たちまだ始まってもいないじゃないかッ!!

ーーーーーー

札幌をループする道路、環状通。この環のそばには温浴施設がいくつか存在している。

豊平区美園 望月湯

東区北15条 富士の湯

そして、白石区水元町のチョイナチョイナこと『湯めらんど』である。

『湯めらんど』は分類的にはおそらくスーパー銭湯になるのだが、銭湯としての風情をしっかり残している。にもかかわらず、スーパー銭湯ならではの非日常の彩りも併せ持っている。

施設の壁面には「チョイナチョイナ」という一見するとよくわからないグラフィティが描かれている。正直に言えば、じっくり見ても意味はよくわからないのだが、わからないままでいたいという思いが自然と湧き上がってくる。それが「チョイナチョイナ」だ。

そして、チョイナチョイナ最大にして、最高の特長はロッキーサウナ(低温サウナ)の暴力ロウリュだ。

ーーーーーー

チョイナチョイナでは、ロッキーサウナが設置されている浴室が男湯・女湯で交互に入れ替わっている。

暴力ロウリュを味わえるかどうかは運次第だ。その暴力ロウリュとは、1時間に1回の清掃の終わりに「じゃあお湯かけまぁす」と店員の女性が一般的な風呂桶いっぱいの水をサウナストーンにおもむろにぶっかけるロウリュのことだ。

木のスプーンに3杯とか、アロマ水とか、そんなおしゃれなものではない。乱暴に、暴力的に、一気にぶっかけられる桶満杯の水。

サウナ室は一気に熱くなり、息苦しくなる。

肌も痛み始める。

それが。

それが。

とってもいい。

ーーーーーー

今日がロッキーサウナの日ならいいが。

そう願いながら、自転車をこぐ。今の私に必要なのは、苦しさと痛み。それを乗り越えたあとにやってくる解放なのだ。

逸る気持ちを抑え、心地よい接客をしてくれる受付ロビーに入浴券を渡し、早足で浴室へといそぐ。

久しぶりのため、どちらの入口がロッキーサウナに続くのかは忘れてしまっている。

こっちなのか。どうなんだ。

少し込み上げてくる不安をパンツの中にしまい、さっさと脱ぎ捨てて、ロッカーに押し込む。

さぁ、いざ浴室へ。

ーーーーーー

浴室に入って真っ先に目に飛び込んでくるのは銭湯絵師による黄色い富士山のペンキ絵だ。これが銭湯の風情を醸し出す。

浴室真ん中には丸いジャグジー。その向こうに主浴。その横に電気風呂。そして、ジェットバス。

ここであわててはいけない。

まずは体だけでもきれいにする。サウナの入れなかった期間に身につけた温冷交代浴も存分に堪能する。それで心の汚れも少し落とす。

水風呂はチンチンだ。

露天には風呂の湯から森林の匂いが立ち上っている。

準備は万全だ。

さぁ、どっちだ。今日のサウナはどっちなんだい!

ーーーーーー

サウナ室の扉に「3~4名まで」との掲示がある。

その重い木の扉を開けるとどでかいストーンが私を迎え入れてくれた。

「やった!やってやった!」

心の中でガッツポーズをする。

ソーシャルディスタンシングが明示された二段目の椅子に腰かける。するとすぐに清掃のため女性が入ってくる。

「扉空けたままで失礼します」

手慣れた様子でタオルの交換、消毒液の散布などが流れ作業で行われる。換気されたサウナ室は当然温度が下がる。だが、そんなことはどうでもいい。来る。来るぞ。

「じゃあ、水かけます」

ジャバ―

ジュワー

ブワ―

来たー!!!!!

一気に視界が白くなる。

一時的に下がった室温など、この暴力的な蒸気の前では風の前の塵に同じだ。強引に、不躾に、乱暴に、無慈悲に、熱い蒸気が襲いかかってくる。

痛い。(でも、やめないで)

熱い。(でも、包み込んで)

息苦しい。(だからドキドキしちゃう)

イタイ。

アツイ。

イタイイタイ。

ココニイタイ。

ズットココニイタイ。

ズットココデドキドキシタイ。

ブハ――――――

デモムリ――――――

チンチンミズブロ――――――

ピャ―――――

ピャ―――――

ピャ―――――

ーーーーーー

ピャーだった。

チョイナチョイナの帰路もずっとピャーだった。

今日は朝からあんなにズーンでどよーんで何気なく何となく進む淀みあるストーリーだったのに。

今はこんなにピャーだ。

ピャーがどんな状態なのか。言葉にするのは今はやめておこう。言葉で説明しようとした瞬間、ピャーのピャー的な何かは決定的に損なわれてしまう。

世界にはわからないままにしておいたほうがよいものがある。

「ピャー」のように。

そして、「チョイナチョイナ」のように。