3,豊平区美園 望月湯
我々は試される大地に住んでいる。ゆえに、ただただ生きているだけで試される場面が多い。
たとえば、ペヤングが新しい試みで話題になるたび、やきそば弁当への愛情を試される。
たとえば、大麻を「たいま」と読むべきか「おおあさ」と読むべきか。もしくは麻布と麻生の読み方の違いを人に伝えるべきか。何気ない地名の話にもかかわらず、日常会話スキルを試される。
そして、望月湯でも試練が待っていた。
かの湯は、私に問いかける。
『貴様は玄人なのか。それとも玄人の皮をかぶった初心者なのか』と。
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札幌市には大きな道路が環状にはしっている。片側3車線。中央分離帯にはリンゴが植えられ、『リンゴ並木』の名でも知られている。
環状通(かんじょうどおり)
なんのひねりもない名で呼ばれるその道の1本奥の細道には、ひっそりと煙突が立っている。
これが試しの湯『望月湯』のシンボルタワーである。
鷹の湯、風呂~楽と経験した私は、いっぱしになった気分だった。スタンプは2つしかたまっていないが、銭湯回数だけでいえばとっくに2桁を超えている。
今までは銭湯から選ばれる側だったが、これからは銭湯を選ぶ側になっても構わないのではないか。
そんな思いも浮かんでくる。
しかし、その思い上がりは豊平区美園で叩き潰されることになる。
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望月湯は美しい。
設備の1つ1つに掃除が行き届いているのが初見でもわかる。シャワーの水圧も高く、露天風呂も設置している。
風呂~楽のアルカイックによって、銭湯における露天風呂の存在価値は学習済みだ。
「なかなかやるじゃない」
ふふん、と鼻を鳴らしながら、そううそぶく中年男性。充実した設備に上から目線である。
「ほうほう、ブラックシリカとな。つまりは、スーパー宇宙パワーということだね。いいレスラーだったね」
メタファーとサブカルの融合による斬新な札幌銭湯批評を決めて1人ご満悦になっていた。
今の自分の銭湯レベルを勘違いしているからこそなせる業である。
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望月湯のサウナは100度を超えていた。85度を超えるサウナは初体験だ。ただし、私のサウナの入り方極意その1「1回目は無理しない範囲で」を守る限り、いくらサウナが牙をむこうとも構わない。
本当の試練は望月湯の水風呂である。
「水風呂が……バイブラバス……!?」
水風呂ではこの薄い羽衣を身にまとわなければ、入っていられないじゃないか!!気泡が装備を丸裸にしてしまうじゃないか!!
しかも、だ。キンキンだ。いや、望月湯の水風呂はキンキンすら超えている。チンチンなのだ。チンチンに冷えているうえにバイブラっている!!!
「ぶふぁっっつあ!!!」
そりゃあ、変な声だって出る。というか、入っていられない。
体じゃない、心じゃない。足の先、指の先が凍る!!末端から悲鳴が上がる水風呂なんて初めてだった。
露天風呂へは休憩ではない。避難だ。
『貴様は玄人なのか。それとも玄人の皮をかぶった初心者なのか』
伸びかけた鼻が叩き折られる音がした。ニルヴァーナが来ない。というか、何度水風呂に入っても体が順応しない。
挑めども挑めども、そのたびに跳ね返される上級者向けのサウナと水風呂。深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。
漂う敗北に身をゆだねながら、私は帰路についた。
初心者が手を出すには早いのかもしれない。しかし、いつの日にか……
このスタンプラリーを制したとき、もう1度望月湯に来よう。その時までに試しの湯「望月湯」の実力を十二分に引き出せる体に鍛えるのだ。
私はあくまで初心者である。
望月湯は逃げずに、豊平区美園にあり続けるであろう。いつか、この試しの湯の試練を超え、チンチンに冷えた水風呂によってかつてないニルヴァーナへ誘われようと心に誓った。