12,北区北27条 北都湯
北海道は大自然に囲まれている。だから、さぞかし水もおいしいのだろう。そう思う内地の方もいらっしゃるかもしれない。
はっきり申し上げよう。札幌と北海道はちょっと違う。少なくとも道産子はそう感じている。
がっかりさせてしまうかもしれないが、自然と距離のある札幌市民の私は、水の味の違いがわからない。ゆえに、北海道・札幌の水がうまいのかどうなのかは答えようがない。
ただ、天然水への敬意はある。
たとえば、「いろはす」が札幌市清田区の地下水を使っていると知ったとき、誇らしい気持ちになった。身近に天然水がないと思っていたので、感慨深さはひとしおだ。
水は貴重な資源なのだ。
とはいえ、「いろはす」以外に思いつく札幌の有名な水がない。北海道内に範囲を広げると、羊蹄の湧水など、ちらりほらりと浮かんでくるのだが、こと札幌に限定するととんとわからなくなる。
札幌の自称一般的中年男性の天然水に対する知識などこんなものだ。
貴重だ、あこがれだ、感慨深い、などと言いながら、文字に起こすと、今までいかに水に興味なく生きてきたのかを改めて思い知らされる。
もしかしたら、札幌の一般中年男性はもっと知識があるのかもしれない。そう考えると情けない気持ちになってしまった。
しかし、大照湯、美春湯、そして、北都湯、3軒連続地下水銭湯を体験してしまった今、声を高らかにして言おう。
今の私は『銭湯に使われている水が地下水かどうか気にしている中年男性の札幌市民ランキングトップ10』に入っている。そう、この数カ月という短い期間で、すでにトップランカーにまで上りつめてしまった、と。
銭湯スタンプラリー初の北区の銭湯、北都湯。
ここで私は札幌の天然水は癖のない飲みやすい水だけではないと知る。水音痴でもわかるほど個性を持つ銭湯。「いろはす」とはまったく違う水が使われた公衆浴場が、北区にあった。
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個人的には、北区は中央区以上になじみがない。札幌市民の東と西の断絶は以前書いたが、考えてみると札幌駅・大通り・すすきのよりも向こうの北側に行く機会がない。
もしかしたら話題にのぼらないだけで、東西だけでなく、南北にも隔たりはあるのかもしれない。
札幌の住所を東西に分ける創成川を北に自転車を走らせ、北都湯を目指す。
なじみがない土地のため、いささか道に迷ってしまったが、どうにか営業開始時間ちょっとすぎ、かなり早い時間に到着できた。
ロビーで支払いを済ませ、脱衣所へ行くと、すでに常連客と思わしき方が湯を楽しんでいた。そのたたずまいには上級者の雰囲気が醸し出されている。
初心者ゆえにおずおずとしてしまうが、まずは体を流す。
鷹の湯以来のホースシャワーが各洗い場に設置されている。水圧も申し分ない。やっぱりホースシャワーは使いやすい。
少しほぐれた心を携え、熱い湯とぬる湯で体をあたためる。ぬる湯の存在が心強い。
準備は整った。それでは、いざサウナ。
サウナ室の中は2段になっており、かなり余裕がある。おそらく10人くらいなら一緒に入ることができるだろう。そんなことを考えながら楽しんでいると、窓から常連さんが1人、また1人と帰っていく姿が見えた。気がつくとどうやら私だけになってしまったようだ。本当にサウナは時間泥棒だ。
サウナを出て、いつものようにざぶん、と水風呂につかる。
「ふあああああ」
1人になると気が大きくなるもので、思わず声が出る。「ぶはっ、ぶはっ」とあえぎつつ、冷たい水でバシャバシャと顔も冷やした。
その時である。
ん?
うん??
冷たすぎず、ぬるすぎずの気持ちのいい水風呂だ。だが、何か違和感があった。それが何かがわからない。わからないのだが、謎が解けるまで水風呂に入っているわけにもいかない。休憩の時間だ。合間合間の水分補給は、銭湯者としての最低限のルールなのだ。
ん?
んんん?
休憩中に飲料水を飲み、違和感の正体が見えた。
「鉄の味だ。これ、たぶん水道水じゃない!!」(1人なので、声に出しています)
明らかなミネラル感。よく見ると水風呂も完全な無色透明ではない(気がする)。軟水と硬水の明確な基準はわからないのだが、この水は硬水なのだという確信があった。
1人だ、水の違いがわかる男になった、これから2回目のサウナだ。テンションが上がる条件が揃っていた。
サウナの中に用意してあるサウナ用タイルを並べ、ざわつく感情に任せ寝転がってみた。こんなわがままなど、通常許されるはずがない。が、止まらない。
「むああああ。ふううううわああああ」
こんなことしちゃいけないのに。だめなのに。
むううううああああああ
そして、鉄の匂いの水風呂をバッシャバッシャ浴びて、2度目の休憩をとる。
全裸で、おっぴろげで、地べたに座って、である。
1人だからって、やりすぎじゃない?
やりすぎかな?
スギカモ
ヤリスギカモーーーーーー
ヤリスギテルカモーーーーーーー
マルダシカモーーーーーーー
ムキダシカモーーーーーーー
デモヤメラレナイカモーーーーーーー
よだれまでは垂れていなかったとは思うが、いずれにせよ、誰にも見せられない姿である。
しかし、飛べるだけ飛べた。
天国とは、きっと1人だけで過ごす北都湯のような場所だと感じた。それを世界はニルヴァーナと呼ぶのだ。
そんなわがままでぜいたくな時間は新たな常連さんの登場で終わった。ほんの少しの時間だけの楽園。だからこそ、かみしめるといつまでも味がするような貴重な記憶になった。そして、その味は、ほんの少し鉄の匂いがする。
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帰りしな、我慢できずにロビーのおかみさんに尋ねた。
「地下水を使っているんですか?」
唐突な質問に少し驚いた様子で
「ええ、そうです」
との回答を得た。
やはり!
あれだけ個性が強いとはいえ、自信をもって判断できるほどの人間ではない。確認し、答えを得て、やっと自分が間違っていなかったと安堵した。
北都湯の水は一般的になじみのある水質ではないかもしれない。だが、それは唯一無二の特長とも言えるだろう。
それとも、北都湯のほかにも個性的な水を持つ銭湯が札幌市内には待っているのだろうか?
楽しみである。
銭湯スタンプラリーはまだ折り返し地点にも辿り着いてはいないのだ。
次回、中央区南11条『末広湯』