13,中央区南11条 末広湯
札幌で単館映画を観たいと思ったら、シアターキノに行けばよい。というか、シアターキノに行くしかない。
もし観たい映画がキノでやっていなかったら、おとなしく札幌シネマフロンティアで上映中のものから選ぶのがよいだろう。メジャーどころならば、小さな後悔はあれど、大きな失敗はないはずだ。今なら『ボヘミアンラプソディ』を観るといいかもしれない。
そんな札幌で唯一、映画界の覇道をまっすぐ歩むシアターキノ。2018年8月、久しぶりにたずねてみた。
『カメラを止めるな!』の観覧のためである。
この時、札幌で『カメラを止めるな!』を観られるのは、キノだけだった。しかも、「1日1回」「21時35分からのみ」だ。
その日のキノには人があふれていた。カメ止め旋風は北国にも吹いている。
2018年11月現在、例年より遅い初雪の報せが届く札幌ではあるが、これはお盆の小ぬか雨降る街中にて、18時に仕事を終え、『カメラを止めるな!』の上映時間までをどう過ごすか四苦八苦する中年男性の8月の話である。
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自営業者の私にとって、世間と休みが揃うことなどまずない。だが、世は夏休み・お盆休みで解放された疲れ人が日頃のうっ憤をはらさんがためにおおっぴらにばっこする時期だ。
当然だが、こんなことを考えている人間の顔は醜い。
しかし、醜い顔の奥には、「少し浮世離れしているからって、そんなときは『みんな』と一緒に充実したい。というか、その『みんな』の中に仲間にいれてほしい」という思いを抱いているはずだ。
さみしいおじさんだ。
私である。
そんなこじれて、焦げた思考回路を満たすことは簡単ではない。そんな私が気軽に達成しうる、もっとも得るものが多い方法は働いたあとにニルヴァーナに達することだろう。
それができれば、胸にともる嫉妬の炎は鎮まるはずだ。
ただ、銭湯がお盆もやっているかどうか。
最高を目指し、最悪を想定する必要がある。
そこで「今日は映画がメイン!銭湯はその時間つなぎ!」という心構えを作った。映画は友人から「今年最高傑作」との報告を受けている『カメラを止めるな!』。おそらく外れはない。
お盆休みに映画鑑賞に興じている姿を想像すると、なんだか「みんな」の中に自分も含まれている気すらしてくる。ナイスである。
シアターキノを調べると、上映は21時半。仕事終わりから3時間あまり。ご飯を食べて30分マイナス。移動時間で40分マイナス。実質2時間はない。ニルヴァーナまでたどり着くためにはぎりぎりの時間だった。
シアターキノから離れすぎるわけにはいかない。今日はそっちがメインなのだし、限られた時間がさらに短くなってしまう。銭湯は中央区から選ぶ必要がある。
1件目
スカ
当然だ。なぜならお盆だからだ。
自転車を13kmほど全速力でこいだため、全身汗びっしょりである。日は暮れる。雨まで降ってくる。気分は沈んでくる。自分が世界で1人ぼっちになってしまった気さえする。
あこがれの「みんな」が遠い。
時間は18時40分。『カメラを止めるな!』まで3時間を切った。ご飯を考えると2時間切り。まだ銭湯は見つからない。
絶望的……
そんな中で見えた末広湯の明かりを想像してほしい。
「うおおおお」
声が出た。
並ぶ車をすり抜けて、愛車(チャリ)を停める。一目散とはこのことだろう。記憶の中の私は、自転車を停めたあとすでに脱衣所で全裸になっているのだ。
少ない時間。はやる心。カメラを止めるな!への期待。空腹。
さまざまな個人的条件が末広湯の記憶を薄めてしまっている。サウナにはTVがついていたような気がする。水風呂はバイブラっていたような気がするが、どうだっただろう?
たいへん申し訳ないが、嘘は書けない。末広湯を楽しむ前後が強烈すぎて、覚えていることが少ないのだ。
ただ1つ確かなのは、末広湯には今まで見た中でもっとも美しい富士があった。
これもいつもとは違う心のざわめきが見せたものなのだろうか?
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この日の記憶で最も強烈なのは、いわずもがな『カメラを止めるな!』である。
ヒロインの子がもっと売れればいいなぁ、と思うし、「ポンッ!」と言いながら犯罪が減ればいいなとも思う。
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そして、2番目の記憶はご飯を食べた後に狸小路で外国人の女性に声をかけられたことだ。
大照湯の項にも記したが、私は妙齢の女性を前にするとドギマギしてしまうのだ。言われるがまま、500円寄付をしたのだが、なんの募金だったかは忘れてしまった。
このように、せっかくの訪問が3番目の記憶になってしまって、末広湯には重ね重ね申し訳ない気持ちでいっぱいである。
しかし、お盆に開店していたことに感謝している気持ちに嘘はない。せめて読者の方にこの気持ちが伝わってくれるとありがたいと思う。
次回、豊平区平岸『千成湯』