29,西区八軒 琴似温泉
個人の価値観の相違を私に痛感させた出来事が10数年前に起こった。
『金魚すくいのポイ不正事件』
覚えておられる方はいらっしゃるだろうか。
金魚すくいの大会において、全国優勝を2度達成した名人が、3度目の優勝を目指して、金魚すくいの和紙をはった「あれ」、つまり『ポイ』を頑丈なものにすり替えてしまったという出来事だ。
まだ、はたちそこそこだった私は、「ばかじゃねえの」という感想をもった。と、同時に、世界は広いとも思った。
自分にとってはどうでもいいことだって、誰かにとっては何を差し置いてでも手に入れたい物事があるのだ。この事実に、私は目から鱗が落ちた。
村上春樹は言う。「どんな髭剃りにも哲学がある」と。
他者が尊重しているなにか。その価値が私にはわからなくとも、そこには代えがたい思いが存在している。
かつて、不正をしてまで金魚すくい名人を目指した男性がそうだったように。
そして、けんちん(@kenchin )さんというある男性のように。
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これまで、30件近くの銭湯のエッセイを書いてきた。(お伝えしていなかったが、私はエッセイのつもりでこのブログを書いている)
にもかかわらず、私にはどうしても理解できなかったジャンルがある。それが『電気風呂』だ。
「どうしてこんなものが必要なんだろう」とすら思う自分もいる。松竹湯は、水風呂よりも電気風呂を優先させてすらいた。
だが、私が理解できるできないに関わらず、電気風呂には深淵なる哲学がある。その伝道師こそ、けんちん(@kenchin )さんだ。
https://twitter.com/kenchin/status/1092931750190141440
氏の電気風呂愛はとめどなくあふれ、ついには著書の出版にまでいたっている。そんなけんちんさんの存在は、私の矮小さ、視野の狭さ、狭量さを指摘しているようだ。
『わからないものを否定しているね。それじゃあ、小さい子どもといっしょじゃないか?』と。
私には理解できていない世界、電気風呂。その世界を深め、愛し、啓蒙する氏の姿は、タモリ倶楽部を愛する私の心を刺激する。できれば、私も仲間に入れてほしい。中年独身男性も、やっぱり1人はさみしいのだ。
それなのに、私には電気風呂の良さがわからない。私には電気風呂の夢が見られない。この心のもやもやは、銭湯スタンプラリーを始めた当初から抱え続けていた。
本当に長かった。やっとである。
やっとこのジレンマを解決してくれる場所が現れた。
それが、本項の主役、西区八軒にある『琴似温泉』である。
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雪もとけ、自転車を走らせるのも苦がなくなってきた。西の歓楽街・琴似に行くのももう億劫ではない。
いい銭湯は近い銭湯。
そんな真理に心を奪われそうだった私に、琴似温泉は新たな扉を開くきっかけをくれた。
きれいなロビーを抜け、脱衣所で裸になる。ロッカーは例のゴムで金属を隠せるタイプのものだ。近隣のさかえ湯もそうだった。これだけでちょっとハイソサエティな印象を持ってしまうのはなぜだろう。
主浴に薬湯、ジャグジー、そして露天風呂。水風呂の後の外気浴が楽しめる。
うむ、揃っている。ニルヴァーナへの道のりが揃いまくっている。
体を流し、いつものルーティーンの開始だ。主浴から始まり、全部の湯船を試した後にサウナ→水風呂→外気浴の3セット。よだれがおちそうだ。
思ったよりも深くてびっくりするジャグジーはもとより、主浴も熱くない。設備は銭湯としてのストロングスタイルをまっとうしながら、すべてがマイルドに仕上げられているのが、私にはうれしい。
さて、サウナに行こうか。
そう思いつつ、目の端にあれが入る。
エレクトリックバスである。
すべてを試すと言いながら、実は今まで電気風呂に入らなかった銭湯がいくつかある。私はそういう男だ。だが、今は卑怯な自分を抱きしめるときではない。琴似温泉は外気浴だってできる。大丈夫、怖くない。
おそるおそる足を入れる。驚いた。
「超ぬるじゃん!」
水風呂の後の外気浴も垂涎ものだが、外気浴後の超ぬる湯もまた遠くまでトブための発射台になることを、私は知っている。追い打ちのようにエレキが体を攻め立てる。
ちりちりちりちりちりちり
ハンッ!
やだ!電気までマイルドじゃないか!
やだやだ。こんなのいや!
あれ、やなのに、出られない。やだ。やめて。でも、やめないで。やだ、こんなの初めて!
困惑する頭と体。自分の性別の境目があいまいになるほどの衝撃。このままでは、私はおかしくなる。そんな思いでサウナに逃げる。
あー、やばかったわー。
電気風呂、あぶねぇじゃん。
とにかく水風呂と外気浴だなぁー。
水風呂もマイルドだねー。
はぁー、外は春だねー。はるでぇむんだねぇ。
……2セット目の前に、エレクトリカっとくか。まあ、一応ね。
ちりちりちりちり
ヤダーーーー
ダメーーーー
イヤイヤーーーーー
コンナノイヤーーーー
生まれて初めてのエレクトリカルニルヴァーナが私にやってきてしまった瞬間だった。
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これが電気風呂の魔力なのだろうか。琴似温泉、リピートすべき場所がまた1つ生まれた。
やはり何事も体験するには順番が必要なのだろう。
いきなり馬用のムチで叩いてくる女王様はいない。初心者には、音ほど痛みの伴わないばらムチから始めるべきなのだ。入口の間口は広くとっておき、気がつけばディープな世界へと誘われているものだ。
……私はそっちの方面には決してくわしくないのだが、たぶんそういうことだ。
いや、本当です。すすきのだって、喜楽湯にしか行きませんし。まあ、別に行ってたとしても、なんの問題もありませんけどね。行くとか行かないとか以前に、そういう世界をよく知らないですから!
……なんの話でしたっけ?
次回、中央区南6条 『円山温泉』