札幌(とか)の銭湯を(おふろニスタが)行く

家が火事になりましてね。風呂がないんですよ。で、チャリで札幌の銭湯を巡っていたら、いつの間にかおふろニスタになっていました。中年男性がお風呂が好きだと叫ぶだけのブログです。

札幌家族風呂たんぼう①)手稲区あけぼの湯の場合

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「愛しているなら、0.03mm離れて」

愛し合う2人には離れなければならない距離がある。切ない話だ。その悲しみを少しでも和らげるための研究は続く。

そして、長い歳月の果て、今や「0.01mm」までその距離は縮んだのだという。(伝聞推定)2人の距離は着実に近づいている。

しかし、研究者たちの誰が想像しただろう。

自分たちの研究の先に、「愛しているなら1m以上離れて」という未来が来るなどと。「愛しているから会えない」という世界が訪れるなどと。

その訪れは、日本の芸能史に燦然と輝くコメディアンの死によって可視化された。他人事だった疫病は、知っている人間の生命によって鮮明に自分事へと変わった。

自分の死を意識する人もいたかもしれない。

それ以上に自分が原因で死を周りにふりまくかもしれないことに不安を感じた人もいるかもしれない。

私は後者だった。だが、友人の言葉ではっとした。

「もう銭湯に行っている場合ではないね、持病もあるし」

???

??????

ッ!?

あーーーーー!!

そういえば、私は肺に穴があいたり、肺に水がたまったり、とタバコをやめたにもかかわらず、何かと肺を病んだ過去を持つ男だった。

まだぴちぴちの26歳(16進数)だというのに、とんだ盲点だ。流行り病のターゲットは我々の肺だ。

銭湯を愛する私は銭湯から離れなくてはならない。それがお互いのためなのだ……

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我慢を決めた翌日、不安がよぎる。

「俺、くさくね?」

自分の臭いは自分ではよくわからない。実際にはそんなでもないかもしれないが、確信が持てない。

なにせ

うちには風呂がない

シャワーはあるけどね。

不安だ。

週5で通っていた銭湯を一気にやめるわけだ。私もお年頃なのだ。何が起きても変じゃない。そんな時代さ、覚悟はできてる。

そのときだ。

「人がいるところがだめなら、人がいないところに行けばいいじゃない」

心の中のマリーアントワネットが言う。

そして、頭の中にあのキャッチコピーが響く。

「愛しているなら、0.03mm離れて」

愛している銭湯と離れる……

人がいない銭湯……

……

…………

ッ!!

あった!

その2つを満たすシステムが札幌にはあるじゃないかッ!!

そう、それが『家族風呂』という温故知新スタイルである。

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 『家族風呂』とは、その名の通り、家族が一緒に入ることができるシステムだ。個室になっており、お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、長男と長女、次女と先月生れたばかりの次男が一緒に入ることができる。

もちろん1人でも入ることができる。

個室だから人の目を気にすることがないし、性別を超えて、プライベート銭湯を楽しむことができる。

今や貴重な存在となった『家族風呂』。それもそのはず、家風呂があればこと済む時代に、サウナや水風呂などの付加価値があるわけでもないシステムはすっかりオールドファッションになった。

札幌市内に『家族風呂』をもつ銭湯はわずか4か所(うち1つはスーパー銭湯)のみだ。

白石区の『美春湯』『大豊湯』

厚別区の『森林公園温泉きよら』

そして、手稲区の『あけぼの湯』

時代遅れと思っていた『家族風呂』。家族のいない孤独な中年男性には関係がないと思っていた『家族風呂』。

今が、そのときだ。時は来たッ!

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家族風呂に1人で乗り込むのはただでさえハードルが高い。ならば、最初は通常でも行くのにハードルが高い場所にしよう。1個越えるのも2個越えるのも一緒だ。毒を食らわば皿まで。

だったら、手稲区曙『あけぼの湯』だ。

私は春夏秋冬、チャリで行動している。とはいえ、雪道を長距離走るのはきつすぎる。そして、あけぼの湯は私の住む場所からもっとも遠くにある銭湯なのだ。

かの湯は行く理由がないと訪れにくい。

しかし、あけぼの湯は肌がとろとろ溶ける温泉の銭湯だ。しかも、カランも温泉のため、お肌がぷるんぷるんになる。

美中年を目指し続けて早2年。この機に乗じて、絶対きれいになってやるッ!

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家族風呂のあけぼの湯は、通常のあけぼの湯とは別の営業形態を取っていた。

営業時間は17:00~22:00の5時間。

なかなかにレアだ。片道25kmの久しぶりのロングライドをためらって、うだうだしていてよかった。到着は開店とほぼ同時だった。

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「お客さん、札幌の人?」

おかみさんのぶっきらぼうな問いかけに少し面食らう。

「札幌ですよ」

「札幌の人以外はこれから断ろうと思ってんのよ」

「え?小樽の人も?銭函の人も?ここ、手稲なのに?」

素直な感想が口から飛び出した。偏見をそのまま言葉にしてしまった。

だが、いいわけをさせてほしい。

道外の方はピンとこないかもしれないが、手稲区が小樽だと思っている札幌市民は少なくない。もしくは札幌寄りの銭函。ていねっていいね。

こう考えているのは私だけではない。はず。……たぶん。

そんな私の偏見には気がつかなかったようで、おかみさんは続ける。

「札幌の人以外は断るつもり」

「俺、たぶんそこらへんの人たちよりも遠いところから来てますよ」

「え?じゃあ、なんで来たの?」

「……コロナだから」

「……1m以上離れて話さなきゃ。で、あなた札幌の人?」

「だから、そうだって」

受付のハードルも高い。説明はさらに続く。

「迷惑な人の利用はお断りしてるから。窓を閉めて、入り口のドアをしっかり閉めて、お風呂と脱衣所の間のドアもしっかり閉めてください」

「ふつうに使ってね、ってこと?」

「そう。ふつうに使えない人も多いのよ。で、おむつや生理用品は持ち帰ってください」

「(使わないよ。まだお月様は来ていないし、あたしゃ、1人だよ)」

「60分を超えると10分ごとに追加料金が発生するから。出るときは原状回復させること。で、1人で利用する場合は通常650円だけど、700円ね」

「はい、700円」

「あっ、1m以上離れて話さなきゃ」

「……もう、いいかな?」

『7』と書かれた旅館のカギについているようなキーホルダーを渡され、やっと「7番の部屋ね」とおふろへと促される。入室しようとすると

「あっ、そのカギを壁にかけてよ!」

「その説明をしてよ!」

また思ったことが口に出てしまった。

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こじんまりした室内。小さな椅子が2つと小さな鏡が1つ。そして、温泉の説明!

もちろんだが、家族風呂もあの見事な泉質の温泉が使われている。60分で大丈夫かな、足りるかな?

(……だいじょうぶだぁ)

心の中であの人の声がする。よし!いざ、プライベート銭湯だ!

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髪と体を洗い始めると、やはり体がぬめぬめしてくる。古い角質が溶けていく。カランからしてこの威力なのだ。

シャンプーやせっけんの成分と混じると余計ぬめぬめ度が増してくる。いつまで落としてもぬめぬめが続く。

えへへ

えへへへへへ

さぁ、お風呂だ!

180cmの私が足を目いっぱい伸ばせるくらいの浴槽にはあつあつの温泉とジェット。その上には小さな富士山のタイル絵がある。ここが銭湯だという証のようだ。

あっちいぜ。じゃばじゃばするぜ。つるつるするぜ。

ほっほっほー

うっへっへっへ

で、そのあとはケロリン桶に水ため込んでジャバ―。ケロリン桶に水ため込んでジャバ―。ケロリン桶に水ため込んでジャバ―。

うぇっへっへっへ

うけけけ

んで、あつあつの浴槽にわんぱく入湯、ジャバーン!

でっへっへっへ

そして、飲用蛇口から水を飲みぃの、ケロリン桶に水ため込んでジャバ―。ケロリン桶に水ため込んでジャバ―。ケロリン桶に水ため込んでジャバ―。

このため込んでいる水からして温泉なもんで、交互浴している間も体のぬめぬめは止まらない。やったぜ!

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あっという間の60分だった。

多くのハードルを乗り越えてたどり着いただけはある。その価値はあった。

ほくほくした心とぷりぷりしたお肌で、7番のキーホルダーをフロントに返却する。おかみさんは声を発さず、指で「ここにおいて!」とジェスチャーで示す。

なんだかなぁ。

そんな少しもやもやした感情が浮かぶ。途端に長い長い帰路が憂鬱に思え始める。

足取り重く靴を履いていると、おかみさんがカウンターから身を乗り出し、大声で送り出してくれた。

「どうもありがとうねー!ありがとーう!」

……なんだよ、かわいいな。ほっこりしちゃうじゃねぇか。

「1m以上離れて話さなきゃ」

ちょっとぶっきらぼうで不器用な表現だけれど、おかみさんなりに気を使っていたのだ。

愛するがゆえに離れなければならない距離がある。

それによって、愛する人たちとの心まで離れてしまわないだろうか?長い長い帰り道、そんな不安が頭をよぎる。

(だーいじょぶだぁ)

またもあの人の声が聞こえてきた。

転んでもただでは起きない中年男性の、徹底的に三密を避けたたった1人の銭湯ライフ。もうしばしお付き合い願えたら幸いである。

次回、白石区 南郷通7丁目『美春湯』