せん湯とごはんvol.9)豊平区豊平『東豊湯』と『三日とろろ』
〈父上様、母上様、三日とろろ美味しゆうございました。〉
前回の東京五輪のスターのあまりにも有名な遺書。2回目の東京オリンピックの延期ないしは中止に何を思うだろうか。
未曽有の2020。
2021はどうなるんだろう。
ワクワクした気持ちで考えるにはあまりに不確定要素が多すぎる。毎年毎年、不確定要素は満ち満ちているから、今年も同じだ、と開き直れるほど楽観的には生きられない。
SFが少しずつ現実を侵食してきている。
小説が現実を凌駕し始めている。
わからないことが増えるスピードが速い。心の安定をはかるのが難しい。
せめて世界から少しでも不思議を減らしたい。少なくとも自分の小さな世界からだけでも。
まずは『三日とろろ』とは何かから始めよう。
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私の住む北海道札幌市でも『三日とろろ』なるものが年末年始のスーパーのPOPに並ぶようになった。
正月明けの成長・滋養強壮のためにとろろを食すという風習。
そんなん知らん。
けど。
なんだか、美味しそうかもー!
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年末年始はうまいものだらけ。
手作りの角煮からはじまり、おそば、焼酎、おせち、ビール、おせち、焼酎、ビール、おせち、雑煮、ビール、もち、もち、焼酎、おせち、と幸せのパレードが行く。
そのうえ、3日にはとろろだ。大好きだ。私はとろろが大好きだ。
だが、パレードの中では少し地味かもしれない。
ならば、そこにお化粧を施そう。
つまり、風呂上がり、サウナ上がりという万全の態勢で味わってやろうという寸法だ。
なんせ、1月3日のさつよく加盟店では『しょうが湯』を実施している。
『しょうが湯』のち『3日とろろ』
ふむ。
鬼才。
現る。
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正月から遠出はしたくない。
そもそも私は根っからのインドア派なのだ。
すると選択肢は限られてくる。その中で、最近とんとご無沙汰していたのが『東豊湯』だった。
幼少期に通っていた銭湯。
今もまだ現役であることに感謝しつつ、雪道に自転車を走らせる。
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まばらだが、人がいる。前に来たときに見かけた顔が多い。あの図柄は前にも見た湯屋の華だ。
常連がいるというのがいい。
東豊湯は『ここがすごい』というところを見つけるのは難しい。言葉にしづらい。地域に根差している銭湯という存在自体がそういった類のものだ。
それでも通い詰めている人がいる。
それも、どこの銭湯にもいる。
誰にでもわかるよさ、ではなく、誰かがわかるよさ。
それをわかれる大人でありたい。
…………でも、せっかくのしょうが湯が紫になってね?
生のしょうが使ってるのに、なんで入浴剤入れちゃうのよ……
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湯船に浮かぶスライスしたしょうがの匂いはあまりにも淡かった。ウキウキがほんのりとしぼんでいく。
コロナ対策のために3人限定になっているサウナ。順番が回ってこない。
もろもろをあきらめ、2回目の洗髪洗身にそそくさと移る。
シャンプーをしながら、足元を流れるお湯が目に入る。それを吸い込む排水溝をため息交じりに見つめる。
「今年もこんな感じかね」
泡を避けた薄目から流れ出ているのが涙でないことを祈るばかりだ。そんな憂鬱が心を支配しようとしていた矢先。
?
???
あれ?
排水溝に流れてるお湯、紫じゃなくて、ピンクじゃね?
ピンク?
ピンクのお湯?
しょうが湯がピンク。
ピンクのしょうが。
あーーーーーーー
岩下の新生姜の湯だーーーー
もう!
早く言ってよ!気づかないじゃないのさ!
生しょうがのスライスを岩下の新生姜の香り湯に浮かばせるなんて、おしゃれ以外の何物でもないじゃない!
さっき、匂いをあまり感じなかったから、今度はしっかり温冷交代浴して感度ビンビンにしてから入りましょ。
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サウナ
あっち
水風呂ちめたい
サウナ
あちち
水風呂
ちめたい
サウナ
アッチぃ
水風呂
地下水
そして、しょうが湯
はわぁん。香る。ちょっと甘いのは岩下の新生姜か。はぁ、気づいてんのかなぁ。このしょうがin岩下の新生姜。俺しか気づいてないんじゃね?はわぁん。俺だけがわかっているかもしれないってのはなんかいいなあ。
たまらんなあ。
これだからやめらんないんだよなぁ。
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アピール下手な東豊湯のサービス精神。
たぶん、これが常連の心をひきつけるのだろう。少しわかった。だって、こんなに心身ぽかぽかになれる。通いたくなる。
こいつぁ春から縁起がいいや。
氷点下の雪道がほかほかだ。
こりゃあ、とろろだけじゃ足りないか?やまかけか?やまかけとろろにしちゃうか?帰り道のスーパーで散財しちゃうか?
で。
三日とろろ
ドーン!
ってやりたかった。
そういう構成のつもりだった。
のに。
……写真、どこ探してもないんですけど……
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うまかったさ。
そりゃあうまかったさ。
おせちやら雑煮やらビールやらハイボールやらで疲れたおなかにやさしかったさ。三日にとろろを食べる意味がわかったさ。
でも、その写真がどこにもありゃしない。
スーパーでやまかけどころか、うににいくら、キャビアにシャコなんかを買って、タイやヒラメの舞い踊りだったのだ。でも、写真がなければ証明できないじゃないか。
東豊湯の岩下の新生姜with生しょうがスライス湯であおられた食欲に任せて、2tの長芋をすって、白飯を5t食べたんだ。
本当だよ。嘘じゃないよ。
というわけで、新年早々、ポカしちゃいましておめでとうございます。
今年がどんな年になるのかまったく予測もつきませんが、よろしくお願いいたします。