リライト④)■三、豊平区美園 望月湯
我々は試される大地に住んでいる。ゆえに、ただただ生きているだけで試される場面が多い。
たとえば、ペヤングが新しい試み[1]で話題になるたび、やきそば弁当への愛情を試される。
たとえば、大麻[2]を「たいま」と読むべきか「おおあさ」と読むべきか。もしくは麻布と麻生[3]の読み方の違いを人に伝えるべきか。何気ない地名の話にもかかわらず、日常会話スキルを試される。
そして、望月湯でも試練が待っていた。
かの湯は、私に問いかける。
『貴様は玄人なのか。それとも玄人の皮をかぶった初心者なのか』と。
――――――
札幌市には大きな道路が環状にはしっている。片側3車線。中央分離帯にはリンゴが植えられ、『リンゴ並木[4]』の名でも知られている。
環状通(かんじょうどおり)
なんのひねりもない名で呼ばれるその道の1本奥の細道には、ひっそりと煙突が立っている。
これが試しの湯『望月湯』のシンボルタワーである。
鷹の湯、風呂~楽と経験した私は、いっぱしになった気分だった。スタンプは2つしかたまっていないが、銭湯回数だけでいえばとっくに2桁を超えている。
今までは銭湯から選ばれる側だったが、これからは銭湯を選ぶ側になっても構わないのではないか。
そんな思いも浮かんでくる。
しかし、その思い上がりは豊平区美園で叩き潰されることになる。
――――――
望月湯は美しい。
設備の1つ1つに掃除が行き届いているのが初見でもわかる。シャワーの水圧も高く、露天風呂もある。
風呂~楽のアルカイック[6]によって、銭湯における露天風呂の存在価値は学習済みだ。
「なかなかやるじゃない」
ふふん、と鼻を鳴らしながら、うそぶく中年男性。充実した設備に上から目線である。
「ほうほう、ブラックシリカとな。つまりは、スーパー宇宙パワー[7]ということだね。いいレスラーだったね」
メタファーとサブカルの融合による斬新な札幌銭湯批評を決めて1人ご満悦だ。
今の自分の銭湯レベル[8]を勘違いしているからこそなせる業である。
――――――
望月湯のサウナは100度を超えている。85度を超えるサウナは初体験だ。ただし、私のサウナの入り方極意その1「1回目は無理しない範囲で」を守る限り、いくらサウナが牙をむこうとも構わない。
本当の試練は望月湯の水風呂である。
「水風呂が……バイブラバス……!?」
水風呂では薄い羽衣[9]を身にまとわなければ、入っていられないじゃないか!気泡が装備を丸裸にしてしまうじゃないか!
しかも、だ。キンキンだ。いや、望月湯の水風呂はキンキンすら超えている。チンチン[10]なのだ。チンチンに冷えているうえにバイブラっている!
「ぶふぁっっつあ!!!」
そりゃあ、変な声だって出る。というか、入っていられない。
体じゃない、心じゃない。足の先、指の先が凍る!末端から悲鳴が上がる水風呂なんて初めてだ。
露天風呂へは休憩ではない。避難だ。
『貴様は玄人なのか。それとも玄人の皮をかぶった初心者なのか』
伸びかけた鼻が叩き折られる音がした。ニルヴァーナが来ない。というか、何度水風呂に入っても体が順応しない。
挑めども挑めども[11]、そのたびに跳ね返される上級者向けのサウナと水風呂。深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいている[12]のだ。
漂う敗北に身をゆだねながら、私は帰路についた。
初心者が手を出すには早いのかもしれない。
しかし、いつの日にか……[13]
このスタンプラリーを制したとき、もう1度望月湯に来よう。その時までに試しの湯「望月湯」の実力を十二分に引き出せる体に鍛えるのだ。
私はあくまで初心者である。
望月湯は逃げずに、豊平区美園にあり続けるであろう。いつか、この試しの湯の試練を超え、チンチンに冷えた水風呂によってかつてないニルヴァーナへ誘われようと心に誓った。
[2] おおむねいけない葉っぱのこと。道民にとっては酪農大学のある場所。
[3]どっちが「あざぶ」でどっちが「あさぶ」なのかを気にしている人は地球上に存在しない。
[4] 豊平区民はリンゴ並木のリンゴを食べると窃盗になると幼少期から口を酸っぱくしてしつけられる。ちなみに私はアレルギーでリンゴを食べられないから泥棒にならずに済んでいる。
[5] 現在のブログのアイコン写真。フィルター機能って意味なく使ってみたくなりますよね。
[6] アルカイック先輩お元気ですか。私は元気です。
[7] DDTの覆面レスラー。総合格闘技の試合にも出場している。故人。
[8] 「戦闘力」と「銭湯力」とをかけようかと思ったがおもしろくなさすぎるのでやめた。
[9] 漫画『サ道』より。水風呂の中でじっとしていると肌の表面の水が温まって水の冷たさが和らぐ現象。ドラクエの「みずのはごろも」とは別物。
[10] 温度で表現するのは粋じゃないとの思い込みから、個人的に水風呂の冷たさは4段階で使い分けている。「ぬる」「ひえひえ」「キンキン」「チンチン」の順で冷たい。さらにその上にツィンツィンを準備しているが恥ずかしくてまだ使ったことはない。
[11] 『しゃべれどもしゃべれども』はいい映画でしたね。
[12] この表現も使いがち。高校時代、休み時間にニーチェを読むという痛いハスりかたをしていたことを先日同窓会で指摘され死にたくなった。
[13]最近は月1くらいで通っている。女湯が塩サウナだと聞き及び、女湯にも入ってみたいと思っている。もちろん私にやましい気持ちは1mmもない。