おふろを持たないおふろニスタと、彼の巡礼の年 BOOK2)北海道虻田郡京極町 京極温泉
『週末の旅人』という言葉をご存じだろうか。
月曜日にもかかわらず、週末の旅のことを考え始めると、そぞろ神の物につきて心を狂わせ、道祖神の招きにあって、取るもの手につかず、千里に灸をすえちゃうような存在をそう呼ぶ。今決めた。
そんな週末の旅人からDMがきた。
「おふろ二スタさん、市外への自粛はまだ続けていますか?一緒に京極温泉に行きませんか?」
かいろさんである。
※かいろさんとの珍道中は下記リンクのメープルロッジ編に記載しているので確認してほしい。
かつて私は京極で罪を犯した。
20年くらい前のバイク旅行でテンションの上がった私は友人とともにセイコマートで買ったボルビックを吹き出し公園の湧き水にぶちまけるというテロを敢行した。
※くわしくは下記リンクで
あの日、あの時、あの場所での出来事が今日に繋がるのはたしかだが、犯してきた罪と過ちの分、ライムして償います神様。
震える手でかいろさんに返信をした。
『OKです』
今こそ贖罪のときだ。ついに行こうか、京極温泉。
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かいろさんは、今回の京極温泉が北海道温泉巡りスタンプラリー記念すべき50湯目だという。
リンクを見ていただいただろうか?
この温泉巡りスタンプラリーの開始は「2021.6.1」、今日は「2021.11.28」だ。
この間、土日は『51日』しかない。
さらに彼は「北海道スマホスタンプラリー 」で『270か所』、「札幌銭湯スタンプラリー」で『12か所』、「北海道の道の駅のスタンプラリー | 北の道の駅」の『126か所全制覇』を同時進行で達成している。(2021.11.28現在)
鷹の湯の前に停まった車に乗り込むと週末の旅人は言う。
「おふろ二スタさん、お久しぶりです!僕、来週は知床に行きます」
出会いしな、そう笑顔で語る彼の目の奥は漆黒に染まっていた。
……やはり狂人であったか
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とはいえ、狂人と奇人には共通の話題が多い。
美春湯さんがツイッターで珍しく感情をあらわにしたツイートに感銘を受けたこと。
組合を抜けたあとの共栄湯さんのバイタリティ。
札幌のサウナブームの隆盛と、いまいち乗り切れない私たちについて。
水風呂のボーイズ・ライフさんのnoteが楽しみなこと。
ジャスティス・ケンさんが出演するYouTubeサウナーズハイTVに札幌の銭湯活性化への期待があること。
親方に対して思うところがありすぎて親方界隈に警戒心があること。だけど、親方は会ったらおもしろい人に決まっているから警戒したままでいるために会いたくないこと。
話題は尽きない。
「ところで、おふろ二スタさん。京極温泉に行く前に吹き出し公園に行きますか?いった後に行きますか?」
狂人は私のブログを読んでいる。
「知っているんだね?」
「はい、京極のプリンスですよね」
「うん、京極のプリンスなんだ」
狂奇の旅はまだ始まったばかりだ。
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「羊蹄の水、道の駅で買う方向でいいですか?」
かいろさんは言う。送り迎えまでしてもらった上に、やらんとしていることまで先読みしてくれる。
「いいよ。でも、道の駅でわざわざ水買う人いるのかね。裏で汲み放題なのにさ」
「ああ、もしかしたらないかもしれないですね」
「なかったら申し訳ないけど、近くのコンビニまでよろしくね」
「はい、わかりました」
これではまるで執事ではないか。
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「ええ、水を買う人はよくいるんですよ。汲みに行くのがめんどくさいみたいで」
柔和な女性店員の方がそう教えてくれた。ものぐさな人たちのおかげで私の贖罪はスムーズに遂行される。風が吹けば桶屋が儲かる。そういうものだ。
道の駅から吹き出し公園まではつり橋を渡ってすぐだ。
揺れるつり橋。
ドキドキする。
「けっこう怖いですね」
「怖いね」
ドキドキする。
そうか、これがつり橋効果か。
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ついに来た贖罪のとき。
京極の名水越しの京極の名水。
あのときのボルビック分には500mL足りないけれど、京極の名水をより京極の名水たらしめる崇高な儀式の始まりだ。
ひゃっはー
汚物は消毒だー
陽気なギャングよろしく水をあたりにぶちまけ、すっきりした気分で振り返るとかいろさんが満面の笑顔だ。
「いやあ、水をぶちまけるのって気持ちいいですね」
あれ?
……
…………
かいろさん、お前も(やったの)か。
しかし、これで500mL×2となった。20年前にぶちまけたボルビックと量がそろった。
プラマイゼロ。
完璧だ。これで、吹き出し公園の湧き水は20年の時を経て完璧な吹き出し公園の湧き水へと戻ることができた。
味を確かめるべく、空になったペットボトルに京極の名水を汲んで飲んでみる。
さっきまでの京極の名水より3段階アップしている。うまみに関しては5ランク、すっきりさにかけては8カラット、輝き方にしては3ルクス、震度ではマグニチュード0.0021ほど変わった。
戻ったぞ!
いや、あのころを越えたぞ!
この日を境に京極の名水は超京極の名水となった。京極の名水よりももっと京極の名水だ。もしあなたが京極の吹き出し公園に行く機会があったら飲んでみてほしい。
だが、もう2度と吹き出し公園の湧き水をボルビックで汚染してはならない。そんなことをするやつは人間の恥だ。ぺっぺっぺっ
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吹き出し公園からほど近く。露天風呂から蝦夷富士をのぞくロケーションに京極温泉はある。
到着して真っ先に北海道温泉巡りスタンプラリー50湯目の記録を取りに行くかいろさんの背中はなんだかうきうきしていた。
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脱衣所をぬけ、浴場に足を踏み入れると思わず声が出る。
まるで大きなゲルのような円形の浴場。高い天井の頂点から放射状にドームが形成されている。
ドーム状の天井と平面の壁とのつなぎ目はすべて窓だ。
今は正午近く。
ドームの頂点のさらにその先の天頂にいる太陽はどんなにがんばっても私たちを直接照らすことができない。
ゆえに巨大なゲルは陰影に満たされている。
目線を下げると水風呂が2つ。冷たい水風呂とぬるい水風呂。札幌ではつきさむ温泉のみ味わえる水風呂のはしご酒。
おそらく露天に行けば羊蹄山が見えるはずだ。水風呂は羊蹄の湧き水のはずだ。ぬるい水風呂は温泉のかけながしだろう。
まだ何も体験していないにもかかわらず期待に胸が高鳴る。
これもまたつり橋効果だろうか。
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体を清めてからの主浴。あっさりとした温泉を目いっぱい味わうために手足を伸ばす。興奮が加速する。
交代浴。
水風呂は極めて冷たい。ちんちんだ。表記は8℃から12℃となっている。体が覚醒し始める。だが、まだ始まりに過ぎない。初手で水風呂のはしご酒はしない。それは体を高めてからのお楽しみだ。
次はジャグジー。少しぬるめ。顔を上に向けるとドームの中心に吸い込まれそうな錯覚に陥る。
そして、ちんちんの水風呂。刺激によって天井の幻惑がとける。
現実に戻った体を次は薬湯で満たす。
温泉にバスクリンが混ざっている。かつて札幌にあった山鼻温泉 屯田湯の不器用さを思い出す。それで少しセンチメンタルな気分になる。
さらに水風呂。悲しみなど一瞬で消失してしまうちんちんの水風呂。
「じゃあ、かいろさん行こうか」
「はい」
内風呂だけで満足してしまいそうだが、我々にはまだ露天風呂が残っている。
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扉を開くと見渡す限りの青空が広がっている。
右手に顔を向けると蝦夷富士。成層火山の円錐形の頂上には雪化粧が施され、裸の男たちを見下ろしている。
体には初冬の空気がまとわりつく。
上半身を北国の厳しさにさらし、下半身を露天風呂に沈める。
露天に来るまでの交代浴が体の感度をあげている。
晴天に体が溶けていく。
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とろけた体をさらにとろかすためにサウナはある。
しっとりと湿度があるやさしめのサウナ室では寂聴先生が長生きのコツを話していらっしゃった。
「私、51歳から出家してセックスしてないでしょ?興奮する機会がなくなったから、長生きできてるんだと思うのよ。こんなの本には書けないわね」
さすが寂ねえさんだ。
裸の男たちは寂ねえの長寿の秘訣をどんな気持ちで聞いているのだろう?そう思って周りを見回す。だが、黙浴は男たちの胸の内をベールで包みこんでいる。
やさしく隠された秘密。
『秘すれば花』を体得した裸の男たちは、微動だにせず画面の中で満面の笑みを浮かべる寂ねえを見つめる。
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ついにこのときがきた。
水風呂のはしご酒。
おりゅうさんがつきさむ温泉で「キンキンの水風呂入ってからぬるい水ぶろ入るとあったかいんですよね!」とうれしそうにおっしゃっていたことを思い出す。
そうなのだ。
水風呂のはしご酒をすると水風呂なのに水が温かく感じるバグが起こる。バグると気持ちがいい。
頭がバグる。体がバグる。
バグった狂人とバグった奇人。なんと非合法な響きだろうか。だがこれは合法だ。
ちょいと1回のつもりで入って、いつの間にやらはしご酒だ。
気がつきゃ露天のベンチでごろ寝。
これじゃ体にいいわきゃないよ。
わかっちゃいるけどやめられねえ。
わかっちゃいえるけどやめられねえッ!!あっ、ほーれ!
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償いの旅は非合法めいた合法的な行為で幕を閉じた。
「京極の名水を京極の名水に混ぜたら何か罪になるのかな?」
「何かしらの条例に引っ掛かったりするんですかね?」
「5万円の罰金とかになったら文句は言わないで払おうね」
「京極の名水を京極の名水にぶちまけた罪で罰金払ったら一生自慢できますね」
狂人と奇人の会話を理解してもらうのは難しいかもしれない。それでも話の種は尽きない。
京極温泉のすばらしき水風呂はしご酒。それを札幌で味わえるつきさむ温泉のぜいたくさとちょっとお高いからこその客層のよさ。
サウナイキタイの札幌(北海道)勢の盛り上がり。
月見湯のInstagramのレスポンスの丁寧さとサウナブームに乗りつつ、銭湯としての在り方を保っているバランスのよさ。
チームなまら銭湯の3人が作っている新聞やイベントから感じる銭湯に対する愛情深さ。若者たちが札幌の銭湯を継承していく未来への期待感。
まだまだ我々には話すべきことがあり、行くべき場所がありそうだ。
札幌の、北海道の、温浴関係者やファンはそれぞれの愛し方でそれぞれの場所を愛している。深かろうと、浅かろうと、愛し方がうまかろうと、下手であろうと、愛し続けることで生まれる物語が確かにある。
そんな物語を私は札幌の片隅でぼんやりと眺めていたい。できうれば、このように細々と書き留め続けられたらいいな、と願っている。