札幌(とか)の銭湯を(おふろニスタが)行く

家が火事になりましてね。風呂がないんですよ。で、チャリで札幌の銭湯を巡っていたら、いつの間にかおふろニスタになっていました。中年男性がお風呂が好きだと叫ぶだけのブログです。

銭湯四方山話 その弐)てれび

最寄の温浴施設は銭湯だろうか。スーパー銭湯だろうか。それとも温泉?

いずれにせよ、今は浴場内(サウナ室内)にテレビが設置されている場合が多い。

「テレビはないほうがいい」という人も「あったほうがいい」という人もいる。が、どっちだって楽しめればそれが一番いい。

演歌が流れていれば、それを。ポップソングが流れていれば、それを。昭和歌謡が流れていれば、それを。地元密着型の番組が流れていれば、それを。スポーツ番組が流れていれば、それを。何のBGMもなければ、その静寂を。

どんなものでも楽しめる人間が人生を楽しめる。

私はそう思う。

だが、ミヤネ屋と玄孫。

お前らはダメだ。

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全裸で、しかも汗びしゃびしゃで、世の中の特に興味もないニュースへの皮肉や揚げ足とりを楽しく見られるほど、私は大人になれなかった。怒りを増幅させたり、人を蔑んだりするためにお風呂に行ってはいない。

世相をぶった切ったていを装い、世の中を嘲るのが得意な司会者。

そして、ヒステリックな大声で誰かを小馬鹿にしながらしゃべる玄孫。

彼らを見た後だと、いくら青空広がる昼下がりの外気浴でも、さわやかさが半減してしまう気がする。

ミヤネ屋や玄孫に限らず、怒りや皮肉、ヒステリックな感情を温浴施設では見たくない。朝まで生テレビなんてもってのほかだ。

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個人的には性的な番組も温浴施設では避けてもらいたい。

私たちの大塩平八郎は、自分の思想信条とは別の意志で物事を判断しがちだ。犬のしっぽのようにうれしければ勝手にふっているし、怖ければ勝手に股にはさんでしまっている。それらはいつも私たちの思惑の外にある。だからといって、大塩平八郎の乱温浴施設で行われていい理由にはならない。いくらそれが半日で鎮静化されるとしても、だ。

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では、温浴施設にふさわしい番組は何だろうか。これまた個人的な意見をあげ連ねていこう。

夕方の地元密着型の番組はありだ。何も考えずに見ていられる。星澤先生の顔を見るとほっとするし、グッチーもいい。なんだったら、全裸で福永さんに「お絵描きですよ!」と答えたい。

もちろん、スポーツもいい。私としては野球やサッカーより相撲のほうが時間調整がしやすいのでうれしい。できれば、曙と貴ノ浪の取り組みをサウナ室で見たかった。

せっかくグルメも素敵だ。ただでさえ食欲が刺激される温冷交代浴の最中に、美味しそうにご飯を食べる日村さん。心のよだれが垂れる。私はそういうじらしを自分に課すのが好きだ。

あと、温浴施設で見た記憶はないけれど、Eテレの番組もよさそうだ。

テキシコーやピタゴラスイッチを蒸されながらぼんやりとながめる。いいに決まっている。みんなのうたも捨てがたい。「コンピューターおばあちゃん」や「電車かもしれない」、「メトロポリタンミュージアム」などが流れるサウナ室というのも乙だ。

トムとジェリーきかんしゃトーマス

これらがエンドレスで流れるというのもありだ。そろいもそろってみんな童心にかえればいい。どうせ全員が生まれたままの姿なのだ。

サウナ室で流れる番組を考えるだけで、こんなにもおもしろい。これもまたおふろを楽しむアプローチの1つだ。

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今、札幌市の状況はとてもよくない。過去最大級によくない。

若きリーダーが「外に出てくれるな」と言っている。若きリーダーとウマが合わないベテランも「医療崩壊の危機です」と言っている。

それでも私の生活は続く。いや、続けなければならない。

個人的には我慢を強いることで変容を達成しようとするやり方は好きじゃない。好きじゃないが、彼らの言っていることはわかる。

とはいえ、若きリーダーは言う。

「健康維持のための外出はかまわない」

衛生管理は健康維持に必要だ。そのために去年の緊急事態宣言の際、公衆浴場が休業要請から外れていたのだ。だからこそ、地域の銭湯の出番だ。

遠くに行けないなら地元の素敵スポットを愛でよう。自分の家の近くを健康促進の散歩がてら、改めて地域のよさを再発見できるかもしれない。

繰り返そう。今こそ地域の銭湯の出番だ。

あなたの地元の温浴施設のテレビにはなんの番組が流れているのだろうか。そもそもテレビはあるのだろうか。そんな楽しみ方を近所で発見するというのも悪くない。人生の楽しみ方はたくさんあればあるほどいい。引き出しの多さは生きるという活動を豊かにしてくれる。

ただし、黙浴で。

もちろん、短時間で。

残念ながら、風呂上がりのビールは自宅で。

だから、今は近いところに行くのがいい。 この疫病が終わったら、コロナビールで晴れやかに乾杯をしようじゃないか。その喜びを爆発させられるころには私たちはどこにだって行ける。

そんな未来を考えられるなんて、素敵じゃないか。

では、今夜はビーチボーイズ『素敵じゃないか』にのせてお別れです。おやすミッフィーちゃん。また、夢でお会いしましょう。

The Beach Boys Wouldn t It Be Nice 日本語 - YouTube

2-4,中央区南10条 大正湯

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すすきのはこのまま死んでしまうのだろうか。

考えてもみなかった。

飲み屋、アミューズメント、性風俗、それらにまつわる多くの業者、観光。すすきのがもたらす恩恵=税収は、札幌市民が甘受する行政サービスを支えている。

あのネオンは、昼の光の下で生きている札幌市民の人生をも照らしている。

それだけではない。

すすきのは札幌のセーフティーネットとしての機能がある。

すすきのに働くたくさんの大人たち。彼・彼女たちは私たち札幌市民を支えようなんて微塵も思っていない。あたりまえだ。そんな義理はない。

彼女たち(彼らたち)が支えているのは自分の人生、大切な誰か、そして目の前のお客様だ。あるいは、愛すべき我が子かもしれない。

夢や希望や嘘や裏切りや怒りや音楽や笑いや喜びや涙や性欲や酒や食欲や自信や嫉妬や自尊心や承認欲求や薬や快楽や絶望や痛みを伴う劣等感や痛みを紛らわすための優越感。すすきのは、ありとあらゆるものを利用し、もしくは利用され、行政では把握しきれないほどの多種多様な『生きる』を支え続けている。

清濁関係なく。

なにせ生きるには金がかかる。『よく』生きようとすればなおさら。子どもを育むとなれば場合によっては天井知らずだ。手もかかる。時間もかかる。心も砕く。

いっそすべてを投げ出したほうが楽かと思うことだってある。

だが、それをしてしまえば、この子はどうなるのか。

1人でただただ生きるのだってつらい。それなのにいつの間にか自分の人生が自分だけのものではなくなっている事実にふと気づく。そして、愕然とする。

途方に暮れていても、我が子はお腹がすいたと泣く。眠くなっても、おしっこをしても、うんちが出ても泣く。何もなくても泣く。本当は泣きたいのは自分なのに、という思いを押し殺しながらミルクを作る。せっかく作ったミルクには口をつけず、また大きな声で泣く。何をすればいいのかわからなくなる。

誰か助けてほしい。

でも、「助けて」と差し伸べられた手を握り返せる人がどれだけいるというのか。そもそも誰が助けてくれるのだろう。

「自分のことは自分でやりなさい」

「人に迷惑をかけてはいけません」

子どものころから善良で賢明な人たちから言われ続けた常識的な言葉たちによって、よりいっそうどうしようもなくなってしまう。私が助けを求めること自体、誰かの「迷惑」なんだろう。人に迷惑をかけちゃいけない。

「助けて」と勇気を出して差し伸べた手を何度も何度も振りほどかれ、疲れ果て、たどり着いた今。それでもまだ自力で立ち上がろうとする人に何をすればいい。「困ったときは適切な相手に『助けて』って言えばいいんだよ」と助言する?

誰が?

どの口で?

そもそも適切な相手って誰?

俺か?

あなたか?

すすきののネオンは夜こそ輝く。傷ついていればいるほど、その光は行き場を失った人間の居場所を作ってくれる。すすきのの夜によって救われる命が確かにある。

昼の光に、夜の闇の深さが分かるものか

ニーチェの言葉が札幌を照らす。

すすきのは死ぬのか。すすきのは殺されてしまうのか。

ーーーーーー

すすきのからほど近い場所に『大正湯』はある。北へ数百メートル進めば、ネオン街へとたどり着く。

大正湯は華やかな街のそばとは思えないほどオールドファッションな銭湯だ。

バンダイスタイル。

寡黙で不愛想なご主人が少し怖い。

たしか前回は主浴からお湯がぴゅーっと飛び出してたんじゃなかったっけ?んで、サウナ室のガラスにひびが入っていたはず。

大正湯へ向かう道すがら、いろいろなエピソードを思い出す。古くて、ホスピタリティとは無縁な銭湯なのに、何かと記憶に残る場所なのだ。

自転車を止め、大正湯の男湯側の扉を開ける。

驚いた。目の前の脱衣所には何人もの湯屋の華を背負った人たちのいる光景が広がっている。

ふと横を見ると若い男性が服を着てピシッとした姿勢で立っている。まるで何かがあったときにすぐに動き出せるように。

空気がぴりついている。こんなのは初めてだ。

ドキドキしながら、回数券を番台のご主人に渡す。視線はまっすぐ前。こちらに顔を向けることもない。声も聞こえない。ご主人からは少しの動揺も感じない。寡黙なご主人のすすきの的迫力は本職の方々にも引けを取らないのではないかと思ってしまう。

気を取り直して脱衣所で服を脱いでいると偉い人が浴場から出てくる。取り巻きがバタバタと動き出す。きっとどこかの組の親分さんだろう。この人、前に見たことがある。でも、そのときはこんなにピリピリさせてなかったと思うんだけど……

ーーーーーー

「水です!」ジャバ―

「水です!」ジャバ―

「水です!」ジャバ―

うおっ!!

浴場へ入ると入り口すぐの場所で湯屋の華を背負った方が桶に汲んだ冷水を男性にかけている。

びっくりしたー。

あれ?

でも、この光景も、前に見たことあるぞ。

……!?

あっ!

山鼻温泉 屯田湯(2019廃湯:現在は旅館にリニューアルされている)だ!

同じことしてた!たぶん、あのときと同じ人だ!

おー、銭湯を巡っているとこういうこともあるんだねえ。

そう思った瞬間、その人と目が合った。

体に電流が走る。

さっきの親分さんも貫禄があった。だが、この人はなんか違う。怖い。何かはわからないけど、本能でわかる。早く離れなくちゃ。距離を取らなくちゃ。

前回のスタンプラリーから私もずいぶんたくさんの銭湯で湯屋の華を背負った人たちと入浴してきた。

一般のお客さんと気持ちよく挨拶をする方。常連さんと楽しそうに会話する方。浴場でスマホを使って『ルールとマナーにとらわれない型破りな自分』を見せつけてくる輩。

周りを意識している人たちばかりだった。友好的であれ、威圧的であれ。

でも、今回は違う。

誰も周りの目を意識していない。大親分(らしき人)はもちろん、取り巻きの人たちも。

むしろ取り巻きの人たちこそ、周りの目なんて気にしてはいられないみたいだ。

大親分の機嫌をいかに損ねないか。大親分の望むことをいかにスムーズにこなすか。そのことに集中しているように見える。それ以外は彼らにとって些末なことでしかない。正確に言えば、気にする余裕がないくらい緊張感に満ちている。

ーーーーーー

熱湯(ねっとう)につかれども、ひえひえの水風呂に入ろうとも、窓から差し込む光を眺めようとも落ち着かない。

どんな生き方をすれば大親分のような空気を身にまとうようになるのか。そして、そんな存在と日々接する人生というのはどういうものなのか。

道の極みであっても、人間関係のしがらみから逃れることはできないのか。それとも、極みの先の先には人から逸脱した世界があるのだろうか。

考えれば考えるほど頭が混乱してくる。

知らない世界がある。自分の価値基準のものさしでは計測すらできない類の何か。

知っている言葉で表そうとするとこれ以外の語彙が見つからない。

知識はあった。本で読んだこともある。映画も見た。だけど、ぜんぜんわかってないということがわかっていなかった。

すれ違うだけでこんなに動揺してしまっている。なんて俺は情けないのだろう。卑小さと想像力のなさをこれでもかと主浴の熱湯の中で痛感する。

でも、大正湯のご主人の無愛想は光だろうが闇だろうが関係ないみたいに見える。誰が相手でも無愛想だ。恐怖・不安・動揺。大正湯はそんな次元で切り盛りされていない。ホスピタリティの存在しない銭湯が、今はこんなにも頼もしい。

すすきので生きるとはこういうことなのかもしれない。

そんなことを薬湯につかりながら考える。

水風呂で我に返って脱衣所へ目を向ける。

そこはすでに光だけの世界になっていた。

今までの光景なんてなかったかのように。

ーーーーーー

私の知っているすすきのは、すすきののごく一部でしかない。

すすきのは死なない。死ぬわけがない。それが今回よくわかった。

闇の暗さは私が想像しているより黒く、その光は私には目が開けられないほどまばゆい。今まで漫然と生きていたから、そんなことすら知らなかった。

銭湯には学びがある。

大正湯。

光と闇の交錯点。

光でもない。闇でもない。どちらでもあって、どちらでもない。

ただの温浴施設とは一線を画す存在。この姿が銭湯が『公衆』浴場たるゆえんなのだろう。

日が落ちかけた帰り道、自転車に乗りながら、ふと湯屋に咲く華の方々から聞いた話を思い出した。

B「やくざと一緒に風呂入ってたら落ち着かねえよ」

まったくだわ

でも、おもしろかった。とても勉強になった。

だから、大正湯に行こう。

近くの銭湯に行こう!

次回:未定

2-3,豊平区平岸 千成湯

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1年ほど前だろうか。

サウナブームがこれほど一般に浸透する直前、 DDD@サウナ愛好家 (id:DDDtenkinzoku)さんが『ラブホサウナ』なるカテゴリーを切り拓いた。

dddtenkinzoku.hatenablog.com

このファーストペンギンの行動はサウナ愛好家に瞬く間に飛び火し、果てはタナカカツキ先生の漫画『サ道』に「ラブホサウナを1人楽しむ男性」というエピソードが出てくるまでに発展した。

「サウナ」と「ラブホテル」というミスマッチ。

「ととのう」と「性交」という快楽の交錯。

そこに漂う淫靡と背徳の魅力は、おふろの気持ちよさを追求してきた者として、目が眩むほどだった。

だが、そう感じたのは私だけではなかった。

ファーストペンギンが作った道程は、俗に『ラブホサ活』と表現され始め、当初は絶妙なバランスで保たれていたはずの『性』と『ユーモア』の比率がすぐにぐらぐらと揺れるようになる。

ある日、サウナイキタイ - 日本最大のサウナ検索サイトに、「サウナのあるラブホテルで自分がどんな相手とどんなセックスをしたのか」を報告する文章が投稿された。(ちなみに札幌での話だった)

そこから上がったちっちゃな炎は局所的に燃え上がり、投稿された文章は運営から削除された。こうしてファーストペンギンが見つけたせっかくの「おもしろ」はあとを追う者によって「滑稽な活動」の枠の中に押し込まれた。

新しいユーモアの道と光はあっという間に閉ざされてしまった。

私は悔しかった。

「淫靡」「背徳」「快楽」

いずれの存在もサウナとは近しい。少なくとも、私はそれらを求めて銭湯に足しげく通っている。

ラブホサウナをはじめ、サウナ自体が『性』と『ユーモア』のタペストリーたりうるはずだった。だからだろうか、このせっかく切り拓かれた道を「ここで終わりにするわけにはいかない」という使命感が私の中でメラメラと燃えがった。

その執念の結実がこれである。

sauna-ikitai.com

前回、千成湯に行った子どものころの思い出をノスタルジックに書いたというのに、1年でずいぶんやましい大人になってしまったものだ。

だが、このサ活が気合の入っている文章であることは間違いない。

入浴という行為がいかに官能的か。それは快楽であり、淫靡であり、背徳的なのか。おらが街の銭湯・千成湯を舞台に『上品ないやらしさ』をテーマに頑張った。大変だった。

正直に言おう。

このサ活以上に千成湯を魅力的に描き切る自信はもうない。

でも……

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出ちゃった。

そうだよね。出ちゃうよね。

大丈夫か……?

大丈夫なのか、俺……?

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ある日の仕事終わり。

時間は21時を超えている。

近場とはいえ、閉店22時まで時間がなさすぎる。たどり着くまで10分。正味40分の猶予しかない。

頭の中では千成湯での過ごし方のシミュレーションが始まる。

第一洗身(入浴前のマナー)は頭と体を一気に石鹸でいっちまって時間短縮だな。そのあとはさっと主浴に入ったら、ジャイアントセットに切り替えて、休憩はぬる湯だけにしておこう。ぬる湯ってほどぬるくないけど寝湯の冷や枕に首元きっちりくっつけてたら、いけるっしょ。千成湯はサウナがいいから、これでばっちりだ。で、第二洗身で洗髪を美園シャンプーととげとげブラシのコンボでキメて、体はタモさん流入浴でさらりと流す程度にすれば時間短縮だな。で、しめは何かを1セットだよな。たぶんサウナに入る時間はないから、主浴と水風呂の交代浴でフィニッシュ。これで行こう。大丈夫。俺ならやれる。

ペダルを踏む脚も、ハンドル操作も気もそぞろになってしまったが、それでも計画は決まった。

だが、このプランはもろくも崩れることになる。

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千成湯はフォントがいい。

看板も、掲示物も、ゴシックできっちりかっちりババババンと書かれている。

とはいえ、時間がない。迅速に全裸になり、弾丸のように体を洗う。主浴からのキンキン水風呂。からのサウナ。

この独特な香りが千成湯だ。

いいね。

こじ開けられる。

ねじ込まれる。

穴という穴が拡張される。

いや、いいのよ、それはもういい。

で、水風呂。

体中がギュンっと締め付けられる。

縮こまる。

私の大塩平八郎の乱が半日で鎮静化される。

いや、だから、そういう場合じゃない。

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急ぎ足のジャイアンセットを終え、寝湯へと進む。

そこまでキマりはしないだろうけど、まあしょうがないよね。短時間だし。

あっ

待てよ。

ここで電気風呂か……?

琴似温泉の電気風呂ゆるゆるでよかったからな。千成湯でもちょっとびりびりしてみる?びりっちゃう?いっちゃう?

……ッ!?

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いってええええええ

透けてない?

俺、今、骨透けてない?

やばい。

時が見える。

見えないものが見えてきた気がする。

いや、あれは時じゃない。

なんだ、あれ?

サ?

『サ』って何?

でも、あれ『サ』じゃない?

間違いない『サ』だ。

あれ『サ』だーーー?

ーーーーーーー

電気風呂に入ったあたりから記憶があいまいだ。

でも、私は確かに『サ』を見た。

忙しくて見た夢なんかじゃない。あれは『サ』だった。大丈夫。私はよくない薬は飲んでない。

意味がわからない?

私だって意味がわからない。

でも、サウナ→水風呂→電気風呂を千成湯でキメたとき、痛みとともに目の前に『サ』が浮かび上がるはずだ。それは激しい痛みだ。とてもとても激しい痛みだ。1日にあった嫌なことをすべて吹っ飛ばす圧倒的な痛み。

その先に私の言っている意味がわかる。

だから、千成湯に行こう。

そして、『サ』をあなたの目で確かめよう。

千成湯が近くになければ、地域の銭湯に行こう。

それをきっかけに、あなたの人生に新しいユーモアの道と光がさすかもしれない。少し淫靡で背徳的な快楽を添えて。

次回:中央区南10条 大正湯

2-2,西区八軒『琴似温泉』

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雨。

自転車との相性がいいとはとても言えない天気。

特に自転車で銭湯に行く際には決しておすすめできない。

それくらい私にだってわかる。バカじゃねえんだから。

ただね。

出ちゃうのよ。

こういうときにこそ出ちゃうのよ。

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往復20kmオーバーの目的地が。

ーーーーーー

これを作ったのは、日曜日の午前中。

いつもならまだむにゃむにゃしている時間帯だが、やはり新しい取り組みの始まりはうきうきする。おめめぱっちり。あたますっきり。

ちなみにこのルーレットは1度選ばれた場所は選択肢から消え、同じ銭湯が何度も選ばれることがない。

なんて便利。

合理的。

素敵。

最高。

抱いて。

完成した直後、そう思った。

浮かれ気分でロックンロールのまま、最初のルーレットを回して出たのが『琴似温泉』だった。

心の炎は一瞬で鎮火した。

雨の中を自転車で走ると濡れてしまう。それくらい私にだってわかる。何度も言うが、私だってバカじゃない。

さっぱりした体をなぜ雨で濡らさねばならないのか。本当に?マジで?うそでしょ?

誰に課せられたわけでもないルールに、なぜ苦しまなくてはならないのか。まったく理解に苦しむ。

自動的に選ばれた場所が消えるようにした自分が恨めしい。

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どうして私は雨の札幌を西へ西へと自転車を走らせているんだろう

今から風呂に入りに行くのに、もう濡れている

別にルーレットなんかなかったことにして、近場で済ませればいいのにね

こんな完全防備をしてまで自転車に乗ることないのにね

バカなのかね

かもしれないね

それにしてもさむいね

ああ、さむいね

みちがぬれているね

ああ、みちがぬれているね

もうすぐお湯の中だね

お湯の中はいいね

太ったね

君もずゐぶん太ったね

どこがこんなに切ないんだらうね

腹だらうかね

腹とつたら死ぬだらうね

死にたくはないね

さむいね

ああみちがぬれているね

はからずも『秋の夜の会話』が、春の夕暮れに再現された

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ついた。

冷え切った。

なのに、ゴアテックの中のTシャツは汗でびしゃびしゃだ。

でも、ついてしまえばこっちのもんだ。

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琴似温泉は前回以来。実に2年ぶりの訪問だ。このときに『リピートすべき場所』とか書いているくせにとんだ大ウソつき野郎だ。

再訪して改めて思う。琴似温泉の設備の充実さと清潔さは特筆ものだ。ロビーがこんなに美しいカーペット敷きの銭湯ってほかにあったっけな。

浴場も清掃が行き届き、目地は汚れ1つ見当たらない。

では、全身をざっと洗い、主浴へ。

ふわぁ

疲れた体に染みるちょっとだけ熱い温度がうれしい。水風呂もやさしめ。体がマイルドにチューニングされていく。

あ、そういえば電気風呂がやさしいんじゃなかったけ、ここ。

はわぁん

そうそう。

ぬるいお湯にゆるい電気。

そうそうそうそう。だった。だった。思い出した!

よかった。来てよかった。んだば、露天風呂行ってみよう!

『みかん湯』

おおおおおお

薬湯を露天でやってんのかー。これはすげえ。

かんきつううううううう

清涼な香りを全身に浴びながら、ふと壁を見るとタイルで描かれた富士山がある。なんともかわいらしいたたずまい。

いいじゃんいいじゃん。

来るたびに何かしらの発見がある。それが地域の銭湯なんだよねえ。

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サウナ。

暗くて、熱い。だけど場所によって熱量を調節できるから体に合わせやすい。聞こえてくるのは昭和ムード歌謡。

こっちもすごくいいじゃない。

2段目はもちろん熱い。でも、オリンピアの熱を真正面から受ける1段目の真ん中がさらに熱い。すぐびっちゃびっちゃ。汗びっちゃびちゃ。

こんなの最高じゃん。露天に、弱びりびりに、ひえひえ水風呂に、深ジャグジーに、ぴかぴかタイル。しかも、露天風呂の入り口の飲料水がひえひえでうんまいだ、これが。

八軒に住みたい。俺、八軒に住みたい。

あたしゃご近所さんがうらやましいよ。

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すがすがしい気分で琴似温泉をあとにする。

つもりだった。

やっちまっていた。替えのシャツとパンツ忘れっちまった。

何度目の過ちか。何度もやらかしてきたのに、いつまでたっても慣れないミス。でも、仕方がない。

我慢して足を通すとぬめっとする。覚悟を決めて袖を通すとぐちょっとする。

こっから10km、これを着て帰るのかよ。

ちくしょうちくしょう。

そんな悪態を心でつぶやいていていたら、いつの間にか雨は上がっていた。

ま、いっか。

たぶん、スタンプラリーをやらなきゃ、来なかったよな。いい再会だった。パンツがぬれているくらいいいよ。些末なことだよ、これくらい。

……

…………

いや、よくねえな。

あたしゃ、ご近所さんがうらやましいよ。

だから、地域の人は琴似温泉に行こう!

できれば、みんなで地元の銭湯に行こう!

次回:未定