私は偏屈だ。
缶ビールを飲むとき、プルタブを立てたままにしなければ気持ちが悪い。
拳を作る際は、どんな状況においても親指を握りこまない。
麺類を食べるときはかみ切らずにすすりきる。
トイレのスリッパは次の人が履きやすいようにそろっていないと嫌だ。
これらは誰かが強制しているわけではない。私が私を縛っている。自縄自縛。そんな事柄が多すぎる。
だから、私はもう私以外に縛られたくないのだ。
大人だから、とか。
男だから、とか。
正しさや常識や一般という名の支配のにおいを感じると
『うるちゃいよ!それ以上いうとポンポン痛くなるよ!』
と心の中の3歳児が暴れだしてしまう。
そんな私が、もっとも苦手なのが時間に縛られることだ。
もちろん仕事でこんなことを言っているわけにはいかない。だから、せめてプライベートではゆるやかに時間を使いたい。
サウナに入る時間まで決められたくない。
水風呂に入っている時間まで決められたくない。
ましてや我慢比べなんかは絶対したくない。
やりたいことはやりたいだけやっていたい。
しかし、スタンプラリーをコンプするには時間がない。現実は非情だ。わがままは言っていられなくなってきた。残りの銭湯たちはすべて生活圏から自転車で1時間はかかる距離にある。
ならば、1番遠くから攻めよう。仕事終わりの20時からのロングライドだ。
目指すは西区発寒『滝の湯』。
出発地点は真駒内。
このめんどくささが伝わってくれたらいいな、と思う。せめて札幌市民には。
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20km弱の暗闇を走った。
仕事終わりにがんばった。
結論を書こう。滝の湯は臨時休業だった。
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柔軟な人間はここですぐにリカバリーがきくのだろう。しかし、私は偏屈なのだ。柔軟性は皆無だ。
臨時休業の張り紙を前にしばし立ち尽くす。
「うひひ。うひひ」
悲劇は遠くから見ると喜劇だ。なんだかおかしくなってきて笑ってしまった。思い返すと1番おかしいのは私の頭だ。
時間は21時をとっくに過ぎている。どうする?ここから1番近いのはどこだ?
スタンプ帳の地図を確認する。こんなときにとても便利だ。
JR琴似駅の近くに「扇の湯」という銭湯があるではないか。
閉店までまだぎりぎり間に合う。だが、うひひしていたため、さらに時間がなくなってしまった。うひひしていないで先に迷っていれば、ちょっとはまともな大人になれたのに。
そんなことすら考えている時間もない。
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煌々としたネオンが見えてきた。西の歓楽街・琴似にふさわしい赤がまぶしい。
扇の湯はやっている。
ただ営業してくれているだけで胸に込み上げるこの気持ちは何だろう。目に見えないエネルギーの流れが大地から足の裏を伝わってくるようだ。自転車に乗っているけど。
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閉店まであと30分。
ここまでタイトな銭湯体験は初めてだ。私の平均滞在時間はおおよそ2時間。通常の1/4だ。
何をカットし、何を優先すべきか。それとも何もカットしないで、すべてを短時間で済ませるか。
ああ、時間に追い立てられるとどうしてこうも頭の回転が鈍るのだろう。
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もう閉店だというのに扇の湯には大勢のお客さんがいた。ほとんどの人はラストスパートに入っている。
体をがしゃがしゃ洗って、主浴と思われるジェットと電気風呂付の浴槽へと向かう。
あっ、いい。
熱い。けど、熱すぎない。
ほへー。仕事終わりにこれはいいよねー。
はー
とかやっている場合ではない。時間がない。
さあ、次だ次。
丸い浴槽にレモンが浮かんでいる。この日はちょうどレモン風呂の日だったようだ。
くんかくんか
いいね。柑橘系のにおいってすきー。
ぽにょ、そーすけすきー。
とかやっている場合ではない。次だ、次。
水風呂で交互浴行ってみよう!
主浴並みに大きな水風呂はひえひえ。入りやすい温度だ。これはのんびり手足を伸ばして入ろー。
なんてできない。次!
薬湯は半露天になっている。外気浴できるじゃん!じゃあ、薬湯カットして、サウナ!
おっ、テレビの向きがおもしろい。ちょっと下向き。工夫だ。
2段目に陣取ると汗が出てくる。玉の汗になり、ぽたぽたしてきたら我慢せずに出よう。3分だろうと5分だろうと10分だろうとどうでもいい。時間は関係ない。数字で私を縛るんじゃない!
と強がっても、ないものはない。時間がなければ、汗が玉になることもできない。ああー、名残惜しいー。
パッとサウナを出て、水シャワーを浴びる。単独スペースになっているので、なんだか子どものときに入ったプールにあるシャワーみたいだ。童心に帰っちゃうなー。
そんなことを思っていると、浴場にいるのは私ともう1人という状態だ。
一瞬!一瞬でいいから、外気浴させて。お願い!
薬湯の半露天へと踏み入れると思った通りの心地よさがある。繁華街・琴似。そんな土地にこんな場所があるなんて。
はー、いいよね。これが地域の銭湯だよねー。
なんて言っている場合でもない。タイムアップである。
あがり湯をかけて怒涛の扇の湯体験の終了である。
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帰り道、私は心地よさとは別の不安を抱えていた。
「こんな体験じゃ、ブログに書くの失礼だよ」と。
私には30分では短すぎる。根本的にとろいのだ。銭湯のよさを引き出すにはやはり時間が必要だ。
そのため、スタンプラリーを終えてから、扇の湯を再訪した。
サウナと水風呂、そして半露天の外気浴は私をニルヴァーナへと導いてくれた。サウナに入る前のあつ湯と水風呂の交互浴の時点でその予兆を感じた。それほど心地よいおふろたち。
脱衣所の充実ぶりも目を見張るものがあった。1回目には気がつかなかったのだが。
扇の湯はそれだけ充実した施設なのだ。
また、再訪した際に、ロビーで「ほへー」としている最中に窓際に並んでいる植木鉢の1つをひっくり返してしまったことも付け加えておく。
まっこと申し訳ない……
次回、西区発寒『滝の湯』