ジンパと聞いてピンときたら、あなたは北海道に縁のあるどちらかと言えば陽気な人間なはずだ。
ジンパ。
まず、言っておきたい。ジンギスカンはパーティーではない。毎週日曜の通常の献立、あるいは誰かが来た時のいつものメニュー。それぐらいの立ち位置である。
かつては。
今はパーティーであったり、BBQという洒落た名称であったりを得たことにより、陽気なギャングの社交的行事のようにふるまっている。
つまり、ジンギスカンに対する敷居が高くなっているのだ。
その敷居が低くなったのが、3か月前の大停電のときだった。
我々、道産子にとっての原点、ジンギスカンは「家にあるもんを焼けばいいっしょや!」精神のたまものである。「溶けるくらいなら、食べちゃえばいいっしょや!」というジンギスカン遺伝子によって、大停電の中ジンギスカン(あのときのはBBQではない、羊肉がなくともジンギスカンである)が行われた。
内地民は言う。
「不謹慎だ」
道民は言う。
「うまいっしょ!」
そう、日常にある風景の違いはこれほどまでの温度差を生む。
自分が思う「いつも」に縛られるがゆえに生まれる「違和」。それは本当にいつも通りなのか。だとしたら、それは誰にとってのいつも通りなのか。
川沿湯で感じたある違和に振り回された中年男性のある夜のお話にお付き合い願いたい。
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銭湯には2つのスタイルしかないと思っていた。
1つはロビースタイル。そして、もう1つは番台スタイル。入場の時点で「お前は男か女か」を聞かれる、つまり入り口が2つに分かれているのが番台スタイル。入口が男女一緒なのがロビースタイル。
しかし、番台スタイルの川沿湯はもう1つ尋ねてくる。
お前は大人か子どもか、何か必要なものはあるか?
と。
食券スタイルは今や見慣れたものなのだが、銭湯の、しかも番台スタイルの場所にあるとは思わなかった。
人間の想像しうるものは、すべて存在しうる。銭湯には番台スタイル、ロビースタイルの2つしかないというのは発想力の貧困さのあらわれかもしれない。川沿湯は入場前にいくつかの啓示を与えてくれる。
番台のおかみさんに食券を渡し、いつものようにスタンプラリーの冊子もお願いする。その時、いつもは持っているはずの飲み物がないことに気がついた。
「あっ、あとこのポカリをください」
まだ靴すら脱いでいないのだが、湯上りに用意されている飲み物の購入を焦ってしまった。少し舞い上がっているようだ。
「ああ、はい。あっ、そうだ。財布、ここで預かりましょうか?」
私の財布はかなり大きい長財布なのだ。そんなに入っているわけではないが目立つ。おのぼりさんのような動きをする私へのおかみさんの気づかいだろう。
「あっ、じゃあお願いします」
いつも通りの銭湯めぐりなのに、なんだかいつものようにいかないものだ。そんな新鮮さ、これほどたやすく手に入れられるのが銭湯スタンプラリーなのかもしれない。
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銭湯のいいところは日常の延長がありありと見られることだ。
いつも通りに咲く湯屋の華。そして、親子の背中の洗いっこ。川沿湯にも藻岩山のふもとの日常があった。
「安心するー。いつも通りの銭湯の風景だ」
少しざわめいていた胸がじょじょに落ち着いてくる。そうなれば、いつものルーティーンを始める余裕も生まれてくる。
まずは体を流しましょう。
「あれ、シャワー口、けっこう動くな。ありがたい」
多くの銭湯はシャワーが固定されているが、その固定されたシャワー口の可動域にもそれぞれの違いがある。この些細な違いに気がつけるほど、落ち着いている。いい傾向だ。
サウナ前の浴槽巡り。「寝湯」の存在によだれが出てくる。ぬるい温度、そして寝られる。これは深いニルヴァーナの予感だ。
体と心の準備が整ったところでサウナだ。川沿湯のサウナはかなり狭い。3人入るといっぱいいっぱいな90℃設定のドライサウナ。入れる人数は限られはすれど、どんな人でも受け入れられる初心者向けのオーソドックスサウナである。
いい。これはいい。
頭の中には次の行動が思い浮かぶ。
→水風呂→休憩→サウナ→水風呂→休憩→寝湯→水風呂→サウナ
1回目のサウナにしてワクワクが止まらない。風呂~楽のアルカイック先輩。俺、ここまで成長しました!
あとは約束されたニルヴァーナに突入するのみだ。勢い勇んでサウナを飛び出し、水風呂へ突入する。
!!バイブラ水風呂!!
初心者向けのサウナに、玄人向けのキンキンブクブク水風呂登場である。かつては苦手なものの1つだった。しかし、今の私は望月湯のときの私ではない。七福湯を経て、バイブラ水風呂は克服済みだ。
つまり、この川沿湯の不意打ちは、いまやうれしい誤算だ。
よし!
よしよし!
ヨシヨシヨシ!
ヨシヨシヨシヨシヨシヨシ!
シヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨ!
ウヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!
キチャッテターーーー
気がついたときには、私は寝湯の住人となっていた。キチャッテタ。
寝湯がゆえに、サウナと同じく入れる人数が限られている。ほかの銭湯よりも川沿湯では譲り合いの精神が自然に身につく。これは川沿地区の公衆浴場としての大きな役割の1つなのかもしれない。
そんなことを思いながら、ポカリをぐびっと飲み込んだ。うめぇな、もう!
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もちろん大満足の銭湯体験であった。
おかみさんに深く感謝をこめて「ありがとうございました」とお礼を伝える。帰路につくと、すでに陽は落ちていた。
「やれやれ、銭湯は時間泥棒だぜ!」
そんなセリフをうそぶきながら、11kmの道のりを元気いっぱいで帰ることができた。行きの11kmに比べて体が軽いのは気のせいではないだろう。
番台に預けたままの財布を川沿湯に取りに行くため、往復22kmの道のりを走らなくてはいけないと気づいたのはもう少し後のことである。
最後の11kmによって、体は汗でびちゃびちゃになったのは言うまでもない。
いつもと違う動きに対応できるおじさんになりたいと心から思う。そんな淡い願望が胸に刻まれ、銭湯スタンプラリー南区編はコンプリートとなった。
次回、豊平区西岡『大照湯』