札幌(とか)の銭湯を(おふろニスタが)行く

家が火事になりましてね。風呂がないんですよ。で、チャリで札幌の銭湯を巡っていたら、いつの間にかおふろニスタになっていました。中年男性がお風呂が好きだと叫ぶだけのブログです。

38,東区北17条 美香保湯

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かつて一世を風靡した養老孟司さんの『バカの壁』をご存じだろうか?

「知っているよ、バカにするんじゃあないよ」という声が聞こえてきそうだが、内容を超絶簡略化して説明する。

「バカは『知っている』と思うと、それ以上新しい発見をしようとも、見ようともしなくなる。どんな物事も見方を変えれば多くの新しい発見があるのに。ここを越えられるかがバカとそうじゃない人との壁だよねー」

耳が痛い。

私はすぐいっぱしを気取って、自分の知っていることがすべてだと思い込む節がある。

しかし、今回伝えたいのはここではない。

「自分は変わらないと言いつつも、10年前と同じものは1つとしてない。人間の細胞は変わり続ける。変わらないもの。それは『情報』なのだ」(引用ではなく思い出して書いてます。間違っていたら許して)

これもまた『バカの壁』で書かれた主題の1つである。情報(データ)は変わらない。人間は変わる。

変わらないデータ。それは私みたいなつまらない人生を送ってきた中年男性にもある。

喜多の湯の項で書いたことをもう1度書こう。

今まであったわずかな私の色恋は東区に集約される。

情報は変わらない。

東区。それは私にとってもっとも心の距離が遠い土地だ。

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スタンプラリー終了まであと2つ。東区の銭湯だけが残ってしまった。かつては毎日のように通った東区。今は昔の物語が未だ重くのしかかる。

足取りと心持ちを重くしながら美香保湯の暖簾をくぐる。

ロビーに待ち構えているのはおかみさんと、そして、バカみたいにデカい時計だった。

直径1mはある。まるで、雷の落ちる時計台の時計のような……1.21ジゴワット……

私はかつてこの時計を見たことがある。

そう、中央区『鶴の湯』。あそこは銭湯を超越した場所だった。昭和初期にまでタイムスリップできるタイムマシンそのもの。

もしや……美香保湯もなのか……美香保湯でもタイムリープしてしまうのか、俺は……しかも、東区で……

一抹の不安がよぎる。

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脱衣所には真っ黒いロッカーが並ぶ。黒塗りのデカいものを見ると心が湧きたつ。胸の奥底の幼心に火がつく。小学生がビームに憧れるような、中学生がドクロを愛すような、理由のない思い。

突然、頭の中にQUEENの『Good Old-Fashioned Lover Boy(懐かしのラバーボーイ)』が流れ始める。中学生のころ、狂ったように聞いていたベストアルバム『グレーテストヒッツ』の中に入っていた1曲だ。

うーらー

うーらーばーぼーい

わっちゅですな へいぼーい

音楽が流れ始めたのなら、ここはもう私だけのライブ会場だ。変わらない情報、抱きしめきれない過去などにはかまっていられない。

私は素っ裸だ。隠すものは何もない。

れーろー。(れーろー)

れれれろれれろろー。(れれれろれれろろー)

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ぎゃー

主浴に足を踏み入れた瞬間、フレディがすっ飛んでいった。この衝撃は久しぶりだ。

手稲区は藤の湯。北区は福の湯。豊平区は鷹の湯。

あつ湯なんて言葉では足りない、熱湯(ねっとう)を持つ銭湯たちに並ぶ熱湯。

逃げろ。回避だ。

1人用の水風呂へと避難するとマイルドひえひえが待ち構えていた。あぶないあぶない。まるごと持っていかれるところだった。

これだからやめられない。

こういうふいうちがたまらないんだよね。もー、昔の話は昔の話にして、いろいろと体験しないとさー、いい大人なんだから、言い訳ばっかうまくなってさー、やらない理由見つけるのはもーいいじゃなーい。ってか、この副湯、超ぬるじゃない?この温度差はあれっしょー、押してダメならひいてみろ的な、あれっしょ?いやだわー、まんまと術中にはまっちゃってるじゃないのー、ジュッチュウニハマチャッテンジャナイノヨ、ジュッチュウハックハマッチャンテノヨー

ジュッチュウハック

ハックシチジュウニ

シチニジュウシ

ジュウシマツ!

オレジュウシマツ!

サウナの前にニルヴァーナがやってきた。早い。体がちょろくなりすぎている。

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サウナは狭めの汗が出るタイプだ。

しかし、最初の快楽が忘れられず、サウナの回数はそこそこに『熱湯⇒水風呂⇒超ぬる⇒休憩』のサイクルにどっぷりはまってしまっていた。

メモにはこう書いてある。

「3回トブ」

美香保湯を語るのに、言葉はこれだけで十分だ。

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帰り際、自転車にまたがった私の胸には、抱きしめきれない過去への思いなどすっかり消え失せていた。

養老先生は言う。

「情報(データ)は変わらない」

その通りだ。上書きをしようが、シュレッダーにかけようが、その情報(データ)が書き変わったわけではない。見えなくなっただけだ。

しかし、その情報(データ)の読み解き方は刻一刻と変化し続けている。その情報(記憶)を読む私も、あのときの私ではすでにない。

もしかしたら、美香保湯訪問は変えられない過去を見つめる自分の成長を確認する作業だったのかもしれない。

札幌市内各地を巡る銭湯の旅は自分の歩みを辿る旅そのものだ。

……ん?

結局、どんな過去だったって?

若いころに2回東区の女性にフラれたよってだけの話ですけど、なにか?

次回最終回、東区北27条『大学湯』