extra7)白石区菊水元町 湯めらんど
重い。
体が重い。
心が重い。
体が重いから心が重いのか、心が重いから体が重いのか。卵が先で、鶏があとなのか、鶏が先で、卵はあとなのか。無から有が作られたのか、有が無を照らし出したのか。右がマナなのか、左がカナなのか、それとも左が俺で、俺がお前で、お前が俺なのか。
どこにもたどり着かない思考。見え透いたフォームの絶望で空回る心がループした。
こんな日は、布団から一歩も動けなくなる。夢と現を行き来しているだけで休日が終わる。
いや、夢が現実で、現実が夢かもしれない。SFのような日々が続きすぎている。
これが現実か?それとも夢か?頭ん中土砂崩れ、現実なら逃げられねえ。
こうやって日は暮れていく。起伏を失った感情で、窓から見える薄暗くなってきた休日を眺める。
(…ナ)
ふと頭の中に声が響いた。
(…イナ)
たしかに聞こえる。
(…ョイナ)
幻聴……いよいよ私も終わりの始まりなのかもしれない。
(…チョイナ)
???
(…ョイナチョイナ)
???!!!!!!!
あーーーーーーー!!!!!!!
「チョイナチョイナだッ!!!」
そう気がついた私は薄っぺらい掛布団を跳ね上げ、玄関を飛び出した。
終わってなんかいないッ!!俺たちまだ始まってもいないじゃないかッ!!
ーーーーーー
札幌をループする道路、環状通。この環のそばには温浴施設がいくつか存在している。
東区北15条 富士の湯
そして、白石区菊水元町のチョイナチョイナこと『湯めらんど』である。
『湯めらんど』は分類的にはおそらくスーパー銭湯になるのだが、銭湯としての風情をしっかり残している。にもかかわらず、スーパー銭湯ならではの非日常の彩りも併せ持っている。
施設の壁面には「チョイナチョイナ」という一見するとよくわからないグラフィティが描かれている。正直に言えば、じっくり見ても意味はよくわからないのだが、わからないままでいたいという思いが自然と湧き上がってくる。それが「チョイナチョイナ」だ。
そして、チョイナチョイナ最大にして、最高の特長はロッキーサウナ(低温サウナ)の暴力ロウリュだ。
ーーーーーー
チョイナチョイナでは、ロッキーサウナが設置されている浴室が男湯・女湯で交互に入れ替わっている。
暴力ロウリュを味わえるかどうかは運次第だ。その暴力ロウリュとは、1時間に1回の清掃の終わりに「じゃあお湯かけまぁす」と店員の女性が一般的な風呂桶いっぱいの水をサウナストーンにおもむろにぶっかけるロウリュのことだ。
木のスプーンに3杯とか、アロマ水とか、そんなおしゃれなものではない。乱暴に、暴力的に、一気にぶっかけられる桶満杯の水。
サウナ室は一気に熱くなり、息苦しくなる。
肌も痛み始める。
それが。
それが。
とってもいい。
ーーーーーー
今日がロッキーサウナの日ならいいが。
そう願いながら、自転車をこぐ。今の私に必要なのは、苦しさと痛み。それを乗り越えたあとにやってくる解放なのだ。
逸る気持ちを抑え、心地よい接客をしてくれる受付ロビーに入浴券を渡し、早足で浴室へといそぐ。
久しぶりのため、どちらの入口がロッキーサウナに続くのかは忘れてしまっている。
こっちなのか。どうなんだ。
少し込み上げてくる不安をパンツの中にしまい、さっさと脱ぎ捨てて、ロッカーに押し込む。
さぁ、いざ浴室へ。
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浴室に入って真っ先に目に飛び込んでくるのは銭湯絵師による黄色い富士山のペンキ絵だ。これが銭湯の風情を醸し出す。
浴室真ん中には丸いジャグジー。その向こうに主浴。その横に電気風呂。そして、ジェットバス。
ここであわててはいけない。
まずは体だけでもきれいにする。サウナの入れなかった期間に身につけた温冷交代浴も存分に堪能する。それで心の汚れも少し落とす。
水風呂はチンチンだ。
露天には風呂の湯から森林の匂いが立ち上っている。
準備は万全だ。
さぁ、どっちだ。今日のサウナはどっちなんだい!
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サウナ室の扉に「3~4名まで」との掲示がある。
その重い木の扉を開けるとどでかいストーンが私を迎え入れてくれた。
「やった!やってやった!」
心の中でガッツポーズをする。
ソーシャルディスタンシングが明示された二段目の椅子に腰かける。するとすぐに清掃のため女性が入ってくる。
「扉空けたままで失礼します」
手慣れた様子でタオルの交換、消毒液の散布などが流れ作業で行われる。換気されたサウナ室は当然温度が下がる。だが、そんなことはどうでもいい。来る。来るぞ。
「じゃあ、水かけます」
ジャバ―
ジュワー
ブワ―
来たー!!!!!
一気に視界が白くなる。
一時的に下がった室温など、この暴力的な蒸気の前では風の前の塵に同じだ。強引に、不躾に、乱暴に、無慈悲に、熱い蒸気が襲いかかってくる。
痛い。(でも、やめないで)
熱い。(でも、包み込んで)
息苦しい。(だからドキドキしちゃう)
イタイ。
アツイ。
イタイイタイ。
ココニイタイ。
ズットココニイタイ。
ズットココデドキドキシタイ。
ブハ――――――
デモムリ――――――
チンチンミズブロ――――――
ピャ―――――
ピャ―――――
ピャ―――――
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ピャーだった。
チョイナチョイナの帰路もずっとピャーだった。
今日は朝からあんなにズーンでどよーんで何気なく何となく進む淀みあるストーリーだったのに。
今はこんなにピャーだ。
ピャーがどんな状態なのか。言葉にするのは今はやめておこう。言葉で説明しようとした瞬間、ピャーのピャー的な何かは決定的に損なわれてしまう。
世界にはわからないままにしておいたほうがよいものがある。
「ピャー」のように。
そして、「チョイナチョイナ」のように。