札幌(とか)の銭湯を(おふろニスタが)行く

家が火事になりましてね。風呂がないんですよ。で、チャリで札幌の銭湯を巡っていたら、いつの間にかおふろニスタになっていました。中年男性がお風呂が好きだと叫ぶだけのブログです。

せん湯とごはんvol.4)手稲区富岡『ていね温泉ほのか』と『ほのか特製冷麺大盛り』

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禁煙を始めたのは2年前。20年余りにわたり吸い続けたタバコとのソーシャルディスタンシング。

けれど、嫌いになったわけじゃない。

誰が何と言おうとタバコはかっこいい。

思わずこぼれる涙の理由を「煙が目に染みただけ」と答えることができる。

ラッキーストライクなら、看守のポケットに入れるだけで、女優のポスターを監獄から注文することができる。

Marlboroなら「Man always remenber love because of romance onlyの略なんだぜ」と言いながらシングルモルトのロックをカランと鳴らすことができる。

かっこいい。モテる。モテたい。

つまり、私は今、禁煙を続けることが苦しくなっている。

このままでは遅かれ早かれ、タバコをくゆらせ、ニヒルに笑い、「ふっ、人間ってやつはままならないもんだな」とつぶやくのは目に見えている。

そこで私は思いついた。

「禁煙をするために禁煙をやめればいいのだ」と。

まさにコロンブスの卵だ。私はコロンブスなのかもしれない。あるいはしゃかりきコロンブスなのかもしれない。

何を言っているのかわからないと思うが、いたってシンプルな話だ。私は自分が喫煙してもいい場所を1か所に決めたのだ。自分だけの喫煙所の設定。

そこが『手稲山ロープウエイ山麓駅前』だ。

この場所にピンとこない方が多数だと思うので、少し説明しよう。

手稲山は札幌市手稲区にある山だ。

そこは札幌のヒルクライマーの聖地と呼ばれ、サイクリストたちはこぞって『手稲山ロープウエイ山麓駅前』までの約9kmの道のりをのぼり続けている。その道程には下り坂がほとんどないため、脚を休めるタイミングはない。だから、攻略の難易度はけっして低くないのだが、ちょっと頭がどうかしてしまっている人たちはタイムアタックと称し、日々ヒルクライムを楽しんでいる。

もちろんロードバイクで。

私がタバコを吸うためにはここに来なければならない。そう決められてしまった。むろんチャリでの訪問だ。

しかし、私の愛車は長距離走行には向いていないファットバイクという種類だ。ヒルクライム用の自転車ではない。

だから、タバコを吸いたいと思っても、なかなか吸うことができない。まったく喫煙への道のりは文字通り険しい。

でも、だ。

だからこそ、だ。

だからこそ、燃えるんじゃないか。そう、それは恋の炎のように。らいとまいふぁいあ。

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手稲山ヒルクライムを決めてから、なんだかずっとソワソワしていた。

誰でもいいからいじめたい気分。そんな嗜虐的な思いがむくむくと湧いてくる。

だが、いじめはよくない。

この気持ちは何だろう。目に見えないエネルギーの流れが大地から足の裏を伝わってくる。

どうすればいい。

どうすれば。

そして、心の中のアントワネットがつぶやいた。

「誰かをいじめるのがよくないなら、自分をいじめればいいじゃない」

ーーーーーー

私の住む場所から手稲山まではおおよそ25kmある。だが、近道もまた存在する。

それが『小林峠』だ。

『小林峠』は南区と西区をつなげる札幌市内にある峠道で、ここを通ることで街中が避けられるので、かなりの時間短縮が望める。

車なら。

私は自転車だ。さらに、これから手稲山を自転車でのぼろうというのだ。近道をするためだけに、事前に峠を越えるなんて愚かの極だ。そんなバカげたルートなど通る必要はない。

……うか

??

……してやろうか

???

……うにしてやろうか

??????

お前を蝋人形にしてやろうかッ!!!

心の中のいじめっ子(10万38歳)が暴れ始める。だめだ、もう私にはどうすることもできない。

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手稲山入口。

ここまで実に30km弱。体も心もヘトヘトである。

いいかい、もう1度言おう。

30km弱。

近道したつもりで、25kmの道のりを30km走っていた。さらに1Lのポカリスエットの2/3が消失していることに注目していただきたい。

いいかい?まだ物語は始まっていないんだぜ?

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手稲山ヒルクライムで気をつけたいのがスタート直後だ。

手稲山はいきなり心を折りに来る。始まってすぐにもかかわらず、あまりに斜度がきつい。

暑い。もう脚がつらい。しかも、なんでか焚き火をしようと後ろの荷台に焚き火台まで積んでいる。重い。バカなのか、私は。

落ち込みながら自転車をこいでいると、心の中で会議が始まった。

私A「山頂まで脚をつかないという目標の変更を緊急動議として提案します」

私B「いいと思います」

私C「むしろ『脚を2回着かなきゃだめだ』というルールにするべきでだと思います」

私A「なぜですか?」

私C「彼は頑固で屈折しているため、意地を張って限界を超える可能性があるからです」

私B「たしかに。彼は痛みを無視し続けたため、盲腸を破裂させた過去があります」

私D「でも、決めたとしても彼は簡単には従わないわ。自分で納得して決めたこと以外は反抗する癖があるもの」

私A「では、『脚は2回まで着いてもいいけど、着かなくてもいいよ』でいかがでしょう」

私たち「賛成!!」

ーーーーーー

長い会議だった。

それでも山はまだ山のままだ。1/3も進んでいない。ロードバイクが私を追い抜いていく。車が横をすり抜けていく。

「てめえらは足をちょこっと踏むだけでいいかもしんないけどよ!」

悪態が口をついて出る。

でも、すぐに悪態も出なくなる。

そして、何も出なくなる。

ついに私はただペダルを回すだけの機械になる。

ぼうけんのしょはきえてしまいました

ぼうけんのしょはきえてしまいました

ぼうけんのしょはきえてしまいました

1時間、ペダルを回しつづけ、頭がバグり始める。

おきのどくですが。

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私はやってやった。しかも、1度も脚をつかなかった。えらい。

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このときが来た。

でもね、だめだったんだ。

なぜって?

いいかい、1度しか言わないからよくきいておくれよ。

ライター忘れた。

ーーーーーー

覚えているだろうか。私のうしろの荷台に積んである無駄に重い道具を。

『焚き火台』である。

で、だ。

私はライター忘れた。

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1時間かけてのぼった坂道を猛スピードで駆け降りる。

うおおおおおおおおお!!!!

恥や外聞など知ったこっちゃない。

俺には叫ばなくてはいけない理由がある。猛スピードで振り切らなきゃいけない感情がある。

うおおおおおおおおお!!!!きつねえええええええ!!!

そういうときに飛び出してくるのがきつねだ。

本当に危なかった。あのスピードでぶつかったら、おそらくどちらも無事では済まなかった。

もういい。

俺はもうだめだ。

豪遊してやる。

パーティーしてやる。

江戸の敵を長崎で討ってやる。

ボロボロの体を引きずり、私はていね温泉ほのかへと向かった。

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身も心もずだ袋だ。ヘロヘロになりながら、入口に向かう。すると女性がお客さんひとりひとりに検温をしていた。

嫌な予感がした。

体が熱を持っている可能性がある。なんせあれだけの運動をしてきた。おそるおそる髪をあげておでこを出す。

「お熱測りますねぇ」ぴっ

「はい、36.5℃ですねぇ。どうぞぉ」

「はぁ、よかったぁ」

「体調悪かったんですか?」

「いいえ、手稲山に自転車でのぼってきた帰りなんで」

「え?なんでそんなことするの!?」

本当だね。なんでそんなことしたんだろうね。あと、おねいさん、びっくりしすぎて敬語忘れちゃっているよ。

ーーーーーー

ていね温泉ほのか。

ここは天然温泉のスーパー銭湯だ。日ごろ、町の銭湯を利用している私にとってはアミューズメントパークである。ひとつひとつがウキウキウォッチングだ。

広い視界の開けた天然温泉の主浴でほわー。からの水風呂でしゅわー。

超音波で小さな泡を発生させているシルキー風呂でほへー。からの水風呂でぽわー。

2種類の露天風呂と外気浴でふわーん。からの水風呂でじゅわー。

釜風呂でぼへー。

超ぬるのソルト風呂でぷかーん。

そして、ドライサウナ。からの水風呂。からの外気浴だ。

ーーーーーー

ん?

んんん?

露天のベンチで強面のおじさんがスマホをいじっている。

やだなぁ。怖いなぁ。ぞくぞくするなぁ。

でも、きもちいいなぁ。

きちゃってんなぁ。

そりゃそうだよなぁ。あんだけいじめたらとんじゃうよ。

さぁ、塩サウナだ!

ーーーーーー

体中に塩を塗りたくって、ぬるめのスチームを堪能する。

わかる。

すでにわかる。

きれいになっちゃってる。

ぷるんぷるんになっていっている。

誰に見せる予定もないけれど。

それでも腕も足も胸も背中もおしりもぷるんぷるんになっちゃっている。

ひゃー!水風呂ー!きもちー!

がいきよくだ!がいきよくだ!

あっ!おじさんだ!

おじさん、まだすまほいじっているよ!

となりすわろー

おじさんおじさんなにをみているんですか?

「あ?競馬だよ」

ろてんぶろですまほいじっているとウタガワレマセン?

「写真とかか?」

ハイ―

「大丈夫、もう終わったから」

ヨカッター

「ん?」

ジツハボクウタガッテタンデスヨー

「……」

アレーオジサンイッチャッター

ナンデダローナーモウチョットオハナシシタカッタノニナー

無邪気な少年おじさんニルヴァーナである。

ーーーーーー

いつも通り、ノーパンノーブラで館内着になる。すると、足元のふらつきに気がついた。

家を出発してから口にしているのはポカリスエット1Lのみだ。どうやらハンガーノックを起こしかけているようだ。

そうと決まれば、食べるしかない。

空腹は最大の調味料というではないか。

そして、今はニルヴァーナを迎えたあとだ。

モウガマンデキナイ

ホノカトクセイレーメンクダサイ

オオモリデ

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ぴゃー

ぴゃー

ぴゃー

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満たされた体と心と腹で、もう1度浴場へと戻る。

本当にほのかはアミューズメントパークだ。1日どころか、ずっといられる。楽しい。そして、すごい。あそこまで追い込んだというのに、体から疲労が消えている。

帰りたくない。

だが、帰らなくてはならない。

身と心が裂かれるくらいにうしろ髪が引かれる。でも、いつまでもいられるわけはない。

帰ろう。

今日はよくがんばった。自分を好きになれる理由が少しだけできた気がする。

すっきりした体と心で、帰り道の25kmを走ろう。

そう思い、私服へと着替える。そこで気づく。

替えのパンツがない。

あれだけの運動量だ。汗は大量にかいている。身も心もすっきりした。

でも、私には替えのパンツがない。

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悲しい気持ちと少し濡れたパンツ。

日が暮れた夜道を私は自転車で進む。

そうしてぼくらは立ってる。

生乾きのパンツを履き、居心地悪そうにしてる

ラララ

ラララ

まったくだせえよ。