札幌(とか)の銭湯を(おふろニスタが)行く

家が火事になりましてね。風呂がないんですよ。で、チャリで札幌の銭湯を巡っていたら、いつの間にかおふろニスタになっていました。中年男性がお風呂が好きだと叫ぶだけのブログです。

リライト⑤)■五、白石区菊水 菊水湯【2020.3廃業】

f:id:tkasaiii:20210827160235j:plain

札幌に来るスポーツ選手、芸能人は口をそろえて言う。

「すすきのが楽しみだ」と。

札幌開拓の歴史の中で、厳しい原野を切り拓くための活力を遊郭に託すことに決めた当時の政治力には驚嘆を隠せない。

疲れたら、女の肌が恋しくなる。[1]それは昔も今も変わらないのかもしれない。

歴史あるすすきの遊郭を語るうえでは、外せないある土地がある。それが白石区菊水という地区だ。

時代の流れの中で、すすきのから白石菊水地区へ遊郭としての機能の一部が移った。すすきの遊郭と白石遊郭。華々しい男と女の交錯の影に、たくさんの憎悪と利害が渦巻いたろう。

やがて、法による規制に伴い、赤線、青線として細々とすたれていく遊郭たち。脈々と続いていた華々しい遊郭の歴史は現代に至るうちにさびれ、潰された。

そして、性のはけ口として、男たちの癒しとして、男女の社交場として、人間交差点としての機能に磨きをかけ続けたすすきのは『遊郭』から東北以北最大の『歓楽街』になった。

対して、法から外れた価値を追求してきた青線は跡形もなく消失した。

その残り香は数件の建物にほのかに感じるだけ。今ではもうその歴史すら知らない新しい住民が集う住宅街だ。

これが白石区菊水である。

豊平川の近くには深めがいのある文化史が眠っている。

――――――

現在の菊水には、かつての面影はまったくない。探せばあるのかもしれないが、大体の場所は探せば何かしら見つかる。どこにでもある「探せば見つかる話」を改めてする必要は特段ない。

大雑把に言えば、どんな歴史を持つ地域でも、地下鉄が通ったら時間をかけて治安が良くなる。札幌ではこれが公然の秘密[2]だ。

そんな豊平川沿いの地で、昔から湯屋の華々を迎え入れてきたのが『菊水湯』である。

菊水湯は番台スタイル。真駒内湯に続いての体験だ。どうやら、私の体験が狭いだけで、平成の末の世[3]にも番台スタイルは根強く残っているようだ。

菊水湯がどんな銭湯だったか。

端的に書こう。

最高でした!

私の体が鷹の湯からの系譜に慣れているせいでもあるのだが、熱すぎないサウナと冷たすぎない(バイブラっていない)水風呂が体にしみる。

サウナは銭湯というよりはスーパー銭湯といってよいほどの広さだ。2段になっているので、より熱さを求める場合は自分のさじ加減でいかようにもなる。しかも、テレビ付き。

水風呂は水量が多く、ちょっとやそっとでは温度は変わりようもない安定感がある。

きわめて私向き・初心者向きの銭湯、それが菊水湯だ。

そして、菊水湯において、私を最もニルヴァーナさせたもの。それが『ぬる湯』[4]の存在である。

3回目の水風呂のあとの休憩でいつも通りニルヴァーナに達した。

その直後何となく、菊水湯の1番ぬるい湯船につかってみた。本当に何の気なしに、である。

おそらく38℃とか39℃とかではないだろうか。足を伸ばせるほど広い湯船ではない。

広い湯船ではないのに……

足も伸ばせないのに……

なのに……

イヤーーーーーーん

2カイメーーーーーー

2カイメキチャッテルーーーーーー

サッキモタッシテルノニーーーーーーー

マタタッシチャッテルーーーーーー

こんなに体がぬる湯を求めていたなんて知らなかった。そして、こんなに気持ちのいいものだなんて。湯船から上がれない。でも、1人しか入れないから独占しっぱなしってわけにもいかない。なんだったらこのままぬる湯につかって生きていきたい。イキテイキタイタイタイーーーーーー!

水風呂3回のあとに、その銭湯で1番のぬる湯につかる。新しいルーティーンがこうして生まれた。初心者を恥じる必要はない。初心だからこそまだまだ伸びしろがあるのだ。

創業昭和5年だという菊水湯。きっとこうやって札幌の華を潤し続けてきたのだろう。熱い湯、ちょい熱い湯、ぬる湯。そして、水風呂。

この4つの湯舟が札幌の裏文化史[5]を支えてきた。

 

[1] たった2年の間に、この表現も危うく感じるようになった。ここ数年の社会の大きな変革を感じる。

[2] 安部公房の『砂の女』か『方舟さくら丸』で見て感銘を受けた表現。でも、どっちだったか思い出せないから検索してみたところ、安部公房の短編集『笑う月』に『公然の秘密』という作品があった。人間の記憶のいかにあいまいなことよ。

[3] この時点では平成だったことに驚く。令和へと時代が動くと同じく菊水湯は90年の歴史を閉じた。2021年8月現在、菊水湯のロッカーは同じく白石区の銭湯・美春湯で使用されている。

[4]岩を模した壁面からお湯が流れ落ち、その先の赤いタイルの小さな湯舟はいつも緑色のお湯だった。もう二度と入れない。

[5]光と影の交錯点としても銭湯はおもしろい場所だ。だから、銭湯に行こう。それも自分の地域の銭湯に行こう。