lesson.1)豊平区豊平 鷹の湯
この入り口の下に立ったあなたは鷹の湯を味わう準備ができているだろうか。
「どれどれどんなところかたしかめてやろうじゃないか」
「お湯が熱いって聞いたけど、あそこと比べたらどうなんだい?」
もし、心の片隅にこんな思いが浮かんでいたとしたら、今日は鷹の湯の日ではない。
きっと「ニコーリフレ」か「つきさむ温泉」か、「絢ほのか」か、「手稲ほのか」に行ったほうがいい。
でも
「どんなものが待っているんだろう」
「疲れたなぁ、もう疲れたよ……」
そんな気持ちだったとしたら、すぐに暖簾をくぐろう。これはそんなあなたが鷹の湯を味わうためのlesson.1だ。
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靴箱に靴を入れたり、入れなかったりしたあと、ロビーに入る。
おかみさんがテレビを見ているかもしれない。ご主人がスマホで上海をしているかもしれない。
ようこそ、鷹の湯へ。
そこには昔ながらの『豊平』が広がっている。ここはすすきののベットタウン。きたえーるやら地下鉄学園前駅やらが登場し、『豊平』が若夫婦の住みやすい街になるはるか前。墓場の周りに不良たちやその筋の人々が集まっていたころの雰囲気(の残り香)を鷹の湯では嗅ぐことができる。
脱衣所ではロッカーを使ってもいい。かごにがしゃっと荷物をぶちこむ荒々しさもまた一興だ。全裸になった後、体重を計ったついでに飲料水を飲んでみてはいかがだろうか。蛇口の根本に少しほこりがたまっているが、そこから出てくるのは美しい地下水だ。
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浴場に進むと、(男湯は)右手の奥が「熱湯(ねっとう)」、その手前が「ぬるめ」と書かれた熱い湯になっている。
おすすめのカランは「ぬるめ湯」の横。ここならホースシャワーのお湯が温まりにくかった場合、すぐに熱いやつを桶に汲んで頭や体にぶっかけられる。体をこするタオルを桶に汲んだ熱々の「ぬるめ湯」で温めておくことも可能だ。
自分のカランを決めたら、今度は熱湯の湯で体を清めよう。熱湯とぬるめ湯の間にかわいらしいちいちゃな桶があるからそれを使えばよい。
これは清めというよりは、確認といったほうがいいかもしれない。
鷹の湯の全力は「ドタマイカレトンデスカ――!!」と叫ぶ温度なのだが、それに耐えきれずに誰かがうめたか、外気温が低すぎて熱くなり切らなかったか。理由は定かではないが、常識の範囲内の湯温の場合がある。
激熱を求めていたからといって、それを嘆く必要はない。
こういうときは、水風呂の温度がかなり低くなっていることが多い。
おそらく鷹の湯の水風呂は地下水かけ流しのため、水風呂の温度が極めて低い日がある。もしかしたら、今日がその日なのかもしれない。
いずれにせよ、鷹の湯を楽しむための演出として、やっておいて損はない。
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頭と体をサラッと洗ったら、本番だ。
ドタマイカレトンデスカー!であった場合、熱湯と水風呂の温冷交代浴を中心にするのがいい。無理をするなというのが無理な注文かもしれないが、いきなり熱湯につっこんでみよう。
あなたが色白ならお湯に入ったところから下がピンクに変わるはずだ。
あなたが色黒ならお湯に入ったところから下がどどめ色に変わるはずだ。
すぐに水風呂に入り、肌を落ち着かせよう。
だが、極めておとなしい顔をして、冬の鷹の湯の水風呂はかなり温度が低い。この落差を繰り返し繰り返し味わい続けよう。
もし、熱湯が常識の範囲内におさまっているのであれば、サウナを中心に組み立てることをおすすめする。
だが、鷹の湯のサウナは一癖あるので要注意だ。
まずは熱湯で体をあたためてから、サウナ室へと向かおう。その際、サウナの窓にあるペラペラのサウナマットにお湯をかけて持ち込むのを忘れずに。自分のサウナマットがあるならば、それでもかまわない。
室内の温度はぬるめ。だから、体を温めておく必要があるのだ。
また、サウナ室には何かしらの芳香が漂っている。気にならないという方はまったく問題ないのだが、「大丈夫、誰も気になりませんよ」というにはいささか芳香剤の香りが強い。
サウナを楽しみたいのなら、タオルを口に巻いたり、自分好みのアロマオイルを事前に仕込んでおいたり、などの準備(というか心構え)があるとなおよいだろう。
サウナ上がりには熱湯を体中にぶっかけ(サウナマットにも忘れずに)、水風呂へじゃぼんだ。
いずれにせよ、天国への階段を感じられるはずだ。
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温冷交代浴には休憩がつきものだ。
鷹の湯で休憩する場所は大きく分けて4か所ある。
1つは脱衣所。扇風機もあるが、狭い。
2つ目は自分のカラン。オーソドックスな休憩場所だ。
悪くはない。が、私のおすすめは以下の2か所だ。
それが浴場入り口すぐそばにある高齢者介護用椅子。そして、その横のデッドスペース的片隅の地べた直座りだ。
高齢者介護用椅子を用途通りに利用している常連さんもいるのだろうが、いまだそんな場面に出くわしたことがない。せっかく用意されているのだから、誰も使わないままというのはもったいない。
座ってみると介護用に開発されたものだから高さもほどよく、ぐでえっとしやすい。
ちょうどよい。
しかし、私がもっともおすすめしたいのがタイル直座りだ。
自分のカラン前でもいいのだが、片隅に陣取り、おっちゃんこして椅子を抱え込んだりするともふあっとなる。鷹の湯はカラン周りにかなり広いスペースを確保できるので、移動の邪魔になることはない。ただ、奇異の目で見られる可能性は否定できない。
かつて私も常連のじいちゃんがやっていたのを「おいおい」という目で見ていた。
だが、ひょんなことから真似してみたら、これがいい。すごくいい。なんというか、すごくすごいのだ。(※もちろん座った後はシャワーで洗い流し、きれいきれいにすることは忘れてはならない。できれば、持参したサウナマットをひくのがベスト)
鷹の湯はおおむね話し声のない静かなところ(男湯は常連同士の会話もほとんどない)なので、邪魔にさえならなければ、だいたい放っておいてもらえる。ありがたい限りだ。
休憩の仕方にもおすすめがある。
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『耳ふさぎ休憩』
これは、最近、美春湯で開発した。
やり方は簡単。
温冷交代浴のあと、地べたに座り、頭からタオルをかぶる。椅子に頬杖をついて、耳に指を突っ込む。そして、ただ耳を澄ませる。
すると「ごごごごご」というかすかな音が聞こえてくることに気づくはずだ。
わずかな血流の音なのか、筋肉の緊張の音なのか。それは吹けば飛ぶようなとてもとても小さな音だ。
遠くで吹き荒れる風のような。
地の底でうごめく不吉な何かのような。
その小さな音に耳を傾け続けていると、次に自分の脈動を感じはじめる。生きている不思議、死んでいく不思議。体の中の自分でコントロールできない営みに近づく。そして、私たちの肉体もまた自然の一部なのだと知る。
気がつくとずいぶん時間が経っている。
耳から指を引き抜き、ミクロの世界から静かな浴場へ戻ってくる。その静かさの中にこれほどたくさんの音があったことに驚き、違う世界に紛れ込んだ気になる。『耳ふさぎ休憩』によって、自分が何かを見落としながら生きてきたのだと知る。
できれば、静かな銭湯の、素っ裸の状態で試してほしい。
たとえば、美春湯や。
たとえば、鷹の湯で。
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これにて、lesson.1の終了。
もし、この長いレッスンを終え、「まあ、そんだけ言うなら行ってみてやろうか」と思ったとしたら、たぶんあなたの行先は鷹の湯ではない。「ガーデンズキャビン」や「壱の湯」や「小金湯」に行くといい。あと「森のゆ」や「月見湯」もいい。
そもそもが、こんなレッスン、どうでもいいのだ。
どんな場所でも、どんな身近でも、新しい発見はできる。そのささやかな『自分だけの何か』を見つけたいと思えたら、きっと鷹の湯を楽しむ準備ができたと言えるだろう。
でも、ひょんなことから鷹の湯に行くことになったときは、私たちを放っておいてほしい。思い思いによだれをたらしながら、ぐでぐでしているさまをしり目に、過ごしてもらいたい。できれば、ちょっと離れたところで一緒によだれをたらし、ぐでぐでしてもらえるとありがたい。
風呂から上がったら、「ありがとう」とご主人(おかみさん)に挨拶をして、帰路へ着こう。
帰り道、「少しだけ、明日もがんばろうかな」と思えたらさいわいだ。