札幌(とか)の銭湯を(おふろニスタが)行く

家が火事になりましてね。風呂がないんですよ。で、チャリで札幌の銭湯を巡っていたら、いつの間にかおふろニスタになっていました。中年男性がお風呂が好きだと叫ぶだけのブログです。

extra6)妄想銭湯・白石区菊水『俺の菊水湯』

f:id:tkasaiii:20200506125618j:plain

お金は寂しがり屋だという。私と同じだ。

だったら、その寂しさを紛らわせに私のところに来ればいいのに、彼女はどうも人見知りなようだ。そんなところまで私と同じだ。

では、私のところにお金がうなるほどまわってきたとしたら、私は何をするだろうか。

毎日、お寿司を食べる?毎日、ベルギービールを飲む?獺祭?魔王?

いや、違うな。

あれだな。

菊水湯の再建だな。

なんせうなるほど金があるのだ。星の数ほどの星の数。そのむこうの、さらにむこう。蛙だったら超蛙、蛙よりもっと蛙だ。

よっしゃ、老朽化で閉湯した『菊水湯』。私が一肌脱いでやろうじゃないの!数々の設備はすべて最新型にしてやろうじゃないか!なにせ金ならいくらでもある。設備の問題は金で解決だ。

だが、菊水湯のあの雰囲気はそのままにしておきたい。なにせ90年の歴史の重みがあるのだ。これは金じゃ買えない。その金じゃ買えないものですら、再現するために多額を投資しよう。何度も言うが、金ならある。

ただし、金を出すからには口も出させていただこう!

ーーーーーー

まず、バンダイスタイルは譲れない。しかし、私が座ることはできまい。中年男性が座る番台で女性がのんびり過ごせるとは思えない。

だが、菊水湯は何が何でもバンダイスタイルなのだ。

そこで『俺の菊水湯』では、『北区新琴似 福の湯』の目隠し方式を取り入れることにしよう。これならば、女性も安心・安全だ。

ついでにロッカーも変更だ。ロッカーは『豊平区月寒東 月見湯』のものを採用する。

月見湯のロッカーは籠ごと入るほど、広くて深い。これがまぁ、便利なのだ。もちろんロッカーキーのリストバンドはねじねじしているビニール式(これは『白石区東札幌 共栄湯』も同じものを使っている)にしよう。

そうだ。バンダイの上にはシンボルが必要だな。

ならば、『中央区南19条 鶴の湯』のバカでかい時計しかない。特注になるだろうが、金ならいくらでもある。任せろ。

さらに、ドライヤーは『白石区南郷通7丁目 美春湯 』にならい、無料にしよう。それも共栄湯直伝の『ヘアビューザー』だ。いいかい、うちは金ならいくらでもあるんだよ。

さて、脱衣所の充実はここまで。

重要なのは浴場だ。

ーーーーーー

連結4連式浴槽、令和に復活だ。91年目の歴史がここから始まる。

だが、91年目からは尖りに尖った温度設定を試みたい。

まずは主浴。

ここは名付けて「江戸っ子じいさんの湯」。

温度設定は46℃が基準になる。もちろんバイブラ付きのぐらぐらパターンだ。

え?そんなの入れるわけないって?

そもそも、「いつ」「誰が」入ってくれなんて言いましたか?入れる人だけが入ればいいのです。甘えんじゃないよ。

でも、『手稲区手稲本町 藤の湯』はこの温度設定でジェットまでついてるんだから、上には上があるものだ。

その横の水風呂はバイブラなしのチンチンにしておこう。これは『豊平区豊平 東豊湯 』のように「飲める水風呂」だ。

地下水かけ流しにしたいのは山々だが、うちのチラー装置は強力なので、温度設定は11℃のチンチン設定。

バイブラなしのため、『みずのはごろも』を十分にたんのういただきたい。『中央区北4条 七福湯』のバイブラなしといったところだろうか。

主浴の奥にある浴槽は40℃設定。安心安全のゆったり設定だ。たとえるなら、『西区琴似 扇の湯』の丸い浴槽の温度設定と表現すればいいだろうか。

これは『みんなの湯』と名付けよう。スタンド―!アリーナ―!

そして、今もまぶたをつぶれば思い出せるあの緑色のぬる湯。岩から水が染み出すような演出もそのままにお湯は循環させていこう。『豊平区平岸 千成湯』のように。さらに温度設定は37℃に固定だ。微熱程度の超絶なぬるさがうちのうりだ。今はなき、『中央区南9条 山鼻温泉 屯田湯』の水風呂より少しあたたかいくらい。

このぬる湯の名前はどうするべきか。

イメージとしては生まれる前の母の胎内なのだが、そのセンシティブな表現が難しい。これはSNSで広く公募することでオープン時の話題作りに一役買っていただくことにしよう。ネーミングライツを販売することも視野に入れた策略だ。

さぁ、次はサウナ室。

ーーーーーー

サウナ室の天井は『俺の菊水湯』では低くさせてもらった。熱の循環を高めるためだ。できれば、『北区北27条 北都湯』のサウナ室くらいの高さにしたい。

そして、サウナはカラカラタイプ。これはオーナーである私の意向だ。フィンランド派との真っ向勝負となるが、やむを得ない。『中央区南4条 喜楽湯』くらいカラカラだ。

さらに、照明は手元、足元がギリギリ見えるくらいに薄暗い。『俺の菊水湯』は『北区北31条 奥の湯』の陰影礼賛サウナよりも心持ち暗い。

テレビはなくした。かつてテレビがあった場所には12分計を置こう。『白石区北郷 大豊湯』のように立派なやつだ。

また、『西区発寒 滝の湯』ほど強烈ではないが、柑橘系のアロマオイルをほのかに香るようにしよう。温冷交代浴で敏感になった嗅覚でギリギリに感じ取れるくらいのささやかなものだが、きっと気がつく人があらわれるはずだ。

極めつけは『音』。『俺の菊水湯』のサウナ室はテレビがないだけで音楽は流れ続けている。それも爆音で。

この音の演出こそが、『俺の』銭湯のかなめだ。

薄暗いサウナ室に大音量で鳴り響くケミカルブラザーズッ!!

安心してほしい。金ならある。防音は完璧だ。浴場まで音は届かない。

静と動。

このギャップを存分に楽しんでほしい。

「ととのう」ではなく、「キマル」。

『俺の菊水湯』では、皆さんを「ニルヴァーナ」の極点までお連れすることを約束しよう。

ーーーーーー

「亡き女を想う」と書いて「妄想」。

これくらいの空想はかまわないでしょう?少しくらいのかわいい嘘はいいでしょう?(あとリンク張りすぎてちょっと下品になっちゃったのはごめんなさい)

自粛、自粛の毎日だ。自粛しろ、自粛しろ、の毎日だ。

でも、いくら私を縛ろうとも、私の頭の中までは自粛させることはできない。心まで制限などさせやしない。

国だろうと、会社だろうと、宗教だろうと、イデオロギーだろうと、なんだろうと。

私は自由だ。

いや、私たちは自由だ!

言いたいことはただ1つ。たった1つだ。

コロナのアホ―!

札幌家族風呂たんぼう②)白石区美春湯の場合

f:id:tkasaiii:20200503141833j:plain

正論が嫌いだ。

正論はあまりに正しすぎる。正しすぎるものは、排他的すぎる。そして、私はこれまでの人生で排除されすぎてしまった。

「我々は何ものも拒まない。だから、我々から何も奪うな」

少年漫画に出てくる頭のいかれたテロリストのセリフが身にしみる。

今は何もしないことが正しい。そんな世の中がやってくるとは思わなかった。何もしないということが、なかなかに辛抱の必要なことだとも知らなかった。

今、銭湯は最低限必要な人が使うべきなのだ。

つまり、家に風呂がない人間だ。

私の家には風呂がない。だから、私は銭湯に行くことができる。これは国や、法律にも保障された行動なのだ。

という圧倒的な正論を主張することで、私は誰かを傷つけてしまいやしないか。

自分の正当性を主張するあまり、繊細な『精神の衛生』(思いや考え)を踏みにじることになりはしないだろうか。

もしくは、そんな私の姿勢が、お世話になる銭湯に何かしらの迷惑はかけやしないか。

銭湯が必要な理由は「家風呂がない」のほかにもある。公衆『衛生』の中には、身体的・精神的な『衛生』がある。だが、日常的に銭湯を利用していない人にはこの主張が伝わらない。

銭湯は、そのすべて含めた『公衆衛生』を守るために必死だ。そして、多くの人たちと同様に銭湯クラスタも精神の『衛生』を保つのに必死なのだ。

そんなセンシティブな時期にブログを更新してよいのか。

答えは風の中だ。

友よ、答えは風に吹かれている。

友よ、世間に風邪が流行っている。

ーーーーーー

おそるおそるではあるのだが、この店舗なら、書くことを許してもらえるかもしれない。

それが、白石区の女性的な心遣いがいきわたる銭湯『美春湯』だ。Twitter(@miharuyusapporo)での情報発信などを積極的に行っており、現在の「公衆衛生を守る」という銭湯の意義に誇りをもって(とはいえ、悩みながらではあると思うが)営業している姿勢が伝わる。

緊急事態宣言の直前。

私はそんな美春湯の家族風呂にお世話になった。

ーーーーーー

春が来たとは言え、札幌にはまだ寒風が吹いていた。どんな状況が訪れようと、新しい銭湯への訪問には心が浮き足立つ。

美春湯に着いたのは、開店時間40分前だった。自分の舞い上がりっぷりが少し恥ずかしい。

近くの公園でしばし時間をつぶす。遊んでいる子どもやお母さん、お父さんは、マスクをつけたり、つけていなかったりしている。まだ札幌市民の心に余裕があった頃だ。そんな人々の姿を中年男性がマスクの下でニヤニヤと見つめていた。

マスクがあってよかった。

ーーーーーー

入口の暖簾をくぐると、薄暗い急な階段が待ち構えていた。

なんともオールドファッションなたたずまいだ。

『家族風呂』

個室を借り切って、性別の隔たりを超えて家族でお風呂を楽しめる時代遅れがゆえに、時代が追いついてきたシステム。

この階段から、その紆余曲折の歴史を感じずにはいられない。

階段をのぼりきり、扉を開ける。

色とりどり、たくさんの種類が並んでいるシャンプーバー。

ちっこいアーケードゲーム上海。

待っているのは明るく、美しいロビーだ。

ーーーーーー

おだやかな女性が受付をしてくれる。

柔らかな口調。

穏やかな声。

美春湯の銭湯もそうなのだが、家族風呂にも、やさしさがあふれている。それが、この時点でわかる。

100円の割引券をいただき、いざ個室へ行こう。

ーーーーーー

きれいだ。

くもり1つないガラスの向こう側に富士山が見える。

その上の窓から光が差し込む。

タイル張りの浴槽にはバイブラがぶくぶくと湧いている。

待てない。

なんで俺は服を着ているんだ。

いらない。

もう。

服なんて。

いらない!

ーーーーーー

ホースシャワーはやはり便利だ。しかし、桶から浴槽のお湯をジャッバンジャッバンかけるスタイルがいい。

それも周りにバッシャンバッシャン飛び散るくらいに豪快に。

「どっせい!どっせい!」

あたたかいお湯をこれでもか、これでもか、と浴びまくる。これは家でも、銭湯でもできない贅沢だ。

ほへー

湯船につかると、やはり銭湯だ。家風呂とは違った感覚がある。

なんでだろう?バイブラかな。富士山かな。それとも備え付けのタイルの浴槽かな。

頭をひねっていると2つの蛇口が目にとまる。

「熱湯」と「冷水」の蛇口だ。

この瞬間、私のおめめはキラキラに輝く。

「自分好みの熱湯(あつ湯)が作れるじゃん!!」

手稲区・藤の湯、北区・福の湯、豊平区・鷹の湯、東区・美香保湯、西区・笑福の湯。札幌市内には頭のねじが何本か吹き飛んでいる熱湯(ねっとう)をもつ銭湯がある。

最初は「バカじゃねえの!誰が入るんだよ!」と文句を言いたかったのだが、銭湯を巡っていると、やがて気がつく。

熱い湯と水風呂の繰り返しが1番跳べる、と。

そして、それが理解できたということは、すでに体は熱い湯がないと満足できないように調教されてしまっている。後の祭りだ。

ーーーーーー

どれどれ、熱くしましょうか。うきゃうきゃした気持ちで熱湯の蛇口をひねる。

どばばばばばばばば

ほっほう、ほう!

よいぞよいぞ。

どばばばばばばばば

はん。

はん、ははん。

どばばばばばばばば

うえっへっへっへ

うえっへっへっへっへっへっへっへっへ

よっしゃ、水浴びるぜ!!!!

ーーーーーー

冷水、桶に汲んでじゃばー

冷水、桶に汲んでじゃばー

冷水。桶に汲んでじゃばー

ひゃっはー!こいつは春から縁起がいいぜッ!

ーーーーーー

たった1人の脱衣所で扇風機の前を陣取る。

タオル?

いらないよ。だって、1人だもん。まる出しだよ。ささやかな俺の俺はまる出しだよ。

いいじゃんさ。

誰も見てナインダモン。

ミテイルノハオレダケダモン

ケダモン

ポケモン

オレノオレハポケモン

イッツアポケットモンスタァァァァー

うん、久しぶりだね。

ニルヴァーナだね。

ーーーーーー

さて、もう1度味わうとしましょうか。ぐへへへへ。

あっちーーーーって

やりすぎている。

これは頭のねじが吹き飛んでいる熱さだ。

入れない。

蛙は自分の入っている水の温度がじょじょに上がっていっても気がつけないらしい。だから、やがて茹で上がって死んでしまうという。

俺じゃん。

今、俺、同じことしてんじゃん。

え?ってことは、俺、蛙だったってこと???

マジかー。

お風呂を冷水でうるかし(別の言葉を知らない)、おそらく常識の範囲におさまる湯温に戻したところで1時間経過、タイムアップである。

ーーーーーー

「写真を撮ってもいいですか?」

受付の女性に許可を求めると

「いいですよ。私は清掃に入りますので、ご用があれば、およびくださいね」

と朗らかに答えてくれた。

舞い上がって、たくさんの写真を撮った。それはそれはばっしゃばっしゃ撮った。

だが、あえてその写真は載せずにしておく。ぜひ、美春湯家族風呂のロビーにある小さな筐体の上海を自分の目で確かめてほしい。

そして、自分が行った銭湯の話をおおっぴらにすることができるときが、早く来てほしいと願っている。

そのときが来たら、銭湯(スーパー銭湯)の中の人や、銭湯ニスタ、サウナ―と、各々が撮影した美春湯の『上海』を肴に飲み明かそうじゃないか。

友よ、答えは風の中だ。

次回、未定

札幌家族風呂たんぼう①)手稲区あけぼの湯の場合

f:id:tkasaiii:20200405213314j:plain

「愛しているなら、0.03mm離れて」

愛し合う2人には離れなければならない距離がある。切ない話だ。その悲しみを少しでも和らげるための研究は続く。

そして、長い歳月の果て、今や「0.01mm」までその距離は縮んだのだという。(伝聞推定)2人の距離は着実に近づいている。

しかし、研究者たちの誰が想像しただろう。

自分たちの研究の先に、「愛しているなら1m以上離れて」という未来が来るなどと。「愛しているから会えない」という世界が訪れるなどと。

その訪れは、日本の芸能史に燦然と輝くコメディアンの死によって可視化された。他人事だった疫病は、知っている人間の生命によって鮮明に自分事へと変わった。

自分の死を意識する人もいたかもしれない。

それ以上に自分が原因で死を周りにふりまくかもしれないことに不安を感じた人もいるかもしれない。

私は後者だった。だが、友人の言葉ではっとした。

「もう銭湯に行っている場合ではないね、持病もあるし」

???

??????

ッ!?

あーーーーー!!

そういえば、私は肺に穴があいたり、肺に水がたまったり、とタバコをやめたにもかかわらず、何かと肺を病んだ過去を持つ男だった。

まだぴちぴちの26歳(16進数)だというのに、とんだ盲点だ。流行り病のターゲットは我々の肺だ。

銭湯を愛する私は銭湯から離れなくてはならない。それがお互いのためなのだ……

ーーーーーー

我慢を決めた翌日、不安がよぎる。

「俺、くさくね?」

自分の臭いは自分ではよくわからない。実際にはそんなでもないかもしれないが、確信が持てない。

なにせ

うちには風呂がない

シャワーはあるけどね。

不安だ。

週5で通っていた銭湯を一気にやめるわけだ。私もお年頃なのだ。何が起きても変じゃない。そんな時代さ、覚悟はできてる。

そのときだ。

「人がいるところがだめなら、人がいないところに行けばいいじゃない」

心の中のマリーアントワネットが言う。

そして、頭の中にあのキャッチコピーが響く。

「愛しているなら、0.03mm離れて」

愛している銭湯と離れる……

人がいない銭湯……

……

…………

ッ!!

あった!

その2つを満たすシステムが札幌にはあるじゃないかッ!!

そう、それが『家族風呂』という温故知新スタイルである。

ーーーーーー

 『家族風呂』とは、その名の通り、家族が一緒に入ることができるシステムだ。個室になっており、お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、長男と長女、次女と先月生れたばかりの次男が一緒に入ることができる。

もちろん1人でも入ることができる。

個室だから人の目を気にすることがないし、性別を超えて、プライベート銭湯を楽しむことができる。

今や貴重な存在となった『家族風呂』。それもそのはず、家風呂があればこと済む時代に、サウナや水風呂などの付加価値があるわけでもないシステムはすっかりオールドファッションになった。

札幌市内に『家族風呂』をもつ銭湯はわずか4か所(うち1つはスーパー銭湯)のみだ。

白石区の『美春湯』『大豊湯』

厚別区の『森林公園温泉きよら』

そして、手稲区の『あけぼの湯』

時代遅れと思っていた『家族風呂』。家族のいない孤独な中年男性には関係がないと思っていた『家族風呂』。

今が、そのときだ。時は来たッ!

ーーーーーー

家族風呂に1人で乗り込むのはただでさえハードルが高い。ならば、最初は通常でも行くのにハードルが高い場所にしよう。1個越えるのも2個越えるのも一緒だ。毒を食らわば皿まで。

だったら、手稲区曙『あけぼの湯』だ。

私は春夏秋冬、チャリで行動している。とはいえ、雪道を長距離走るのはきつすぎる。そして、あけぼの湯は私の住む場所からもっとも遠くにある銭湯なのだ。

かの湯は行く理由がないと訪れにくい。

しかし、あけぼの湯は肌がとろとろ溶ける温泉の銭湯だ。しかも、カランも温泉のため、お肌がぷるんぷるんになる。

美中年を目指し続けて早2年。この機に乗じて、絶対きれいになってやるッ!

ーーーーーー

家族風呂のあけぼの湯は、通常のあけぼの湯とは別の営業形態を取っていた。

営業時間は17:00~22:00の5時間。

なかなかにレアだ。片道25kmの久しぶりのロングライドをためらって、うだうだしていてよかった。到着は開店とほぼ同時だった。

ーーーーーー

「お客さん、札幌の人?」

おかみさんのぶっきらぼうな問いかけに少し面食らう。

「札幌ですよ」

「札幌の人以外はこれから断ろうと思ってんのよ」

「え?小樽の人も?銭函の人も?ここ、手稲なのに?」

素直な感想が口から飛び出した。偏見をそのまま言葉にしてしまった。

だが、いいわけをさせてほしい。

道外の方はピンとこないかもしれないが、手稲区が小樽だと思っている札幌市民は少なくない。もしくは札幌寄りの銭函。ていねっていいね。

こう考えているのは私だけではない。はず。……たぶん。

そんな私の偏見には気がつかなかったようで、おかみさんは続ける。

「札幌の人以外は断るつもり」

「俺、たぶんそこらへんの人たちよりも遠いところから来てますよ」

「え?じゃあ、なんで来たの?」

「……コロナだから」

「……1m以上離れて話さなきゃ。で、あなた札幌の人?」

「だから、そうだって」

受付のハードルも高い。説明はさらに続く。

「迷惑な人の利用はお断りしてるから。窓を閉めて、入り口のドアをしっかり閉めて、お風呂と脱衣所の間のドアもしっかり閉めてください」

「ふつうに使ってね、ってこと?」

「そう。ふつうに使えない人も多いのよ。で、おむつや生理用品は持ち帰ってください」

「(使わないよ。まだお月様は来ていないし、あたしゃ、1人だよ)」

「60分を超えると10分ごとに追加料金が発生するから。出るときは原状回復させること。で、1人で利用する場合は通常650円だけど、700円ね」

「はい、700円」

「あっ、1m以上離れて話さなきゃ」

「……もう、いいかな?」

『7』と書かれた旅館のカギについているようなキーホルダーを渡され、やっと「7番の部屋ね」とおふろへと促される。入室しようとすると

「あっ、そのカギを壁にかけてよ!」

「その説明をしてよ!」

また思ったことが口に出てしまった。

ーーーーーー

こじんまりした室内。小さな椅子が2つと小さな鏡が1つ。そして、温泉の説明!

もちろんだが、家族風呂もあの見事な泉質の温泉が使われている。60分で大丈夫かな、足りるかな?

(……だいじょうぶだぁ)

心の中であの人の声がする。よし!いざ、プライベート銭湯だ!

ーーーーーー

髪と体を洗い始めると、やはり体がぬめぬめしてくる。古い角質が溶けていく。カランからしてこの威力なのだ。

シャンプーやせっけんの成分と混じると余計ぬめぬめ度が増してくる。いつまで落としてもぬめぬめが続く。

えへへ

えへへへへへ

さぁ、お風呂だ!

180cmの私が足を目いっぱい伸ばせるくらいの浴槽にはあつあつの温泉とジェット。その上には小さな富士山のタイル絵がある。ここが銭湯だという証のようだ。

あっちいぜ。じゃばじゃばするぜ。つるつるするぜ。

ほっほっほー

うっへっへっへ

で、そのあとはケロリン桶に水ため込んでジャバ―。ケロリン桶に水ため込んでジャバ―。ケロリン桶に水ため込んでジャバ―。

うぇっへっへっへ

うけけけ

んで、あつあつの浴槽にわんぱく入湯、ジャバーン!

でっへっへっへ

そして、飲用蛇口から水を飲みぃの、ケロリン桶に水ため込んでジャバ―。ケロリン桶に水ため込んでジャバ―。ケロリン桶に水ため込んでジャバ―。

このため込んでいる水からして温泉なもんで、交互浴している間も体のぬめぬめは止まらない。やったぜ!

ーーーーーー

あっという間の60分だった。

多くのハードルを乗り越えてたどり着いただけはある。その価値はあった。

ほくほくした心とぷりぷりしたお肌で、7番のキーホルダーをフロントに返却する。おかみさんは声を発さず、指で「ここにおいて!」とジェスチャーで示す。

なんだかなぁ。

そんな少しもやもやした感情が浮かぶ。途端に長い長い帰路が憂鬱に思え始める。

足取り重く靴を履いていると、おかみさんがカウンターから身を乗り出し、大声で送り出してくれた。

「どうもありがとうねー!ありがとーう!」

……なんだよ、かわいいな。ほっこりしちゃうじゃねぇか。

「1m以上離れて話さなきゃ」

ちょっとぶっきらぼうで不器用な表現だけれど、おかみさんなりに気を使っていたのだ。

愛するがゆえに離れなければならない距離がある。

それによって、愛する人たちとの心まで離れてしまわないだろうか?長い長い帰り道、そんな不安が頭をよぎる。

(だーいじょぶだぁ)

またもあの人の声が聞こえてきた。

転んでもただでは起きない中年男性の、徹底的に三密を避けたたった1人の銭湯ライフ。もうしばしお付き合い願えたら幸いである。

次回、白石区 南郷通7丁目『美春湯』

せん湯とごはんvol.3)白石区東札幌『共栄湯』と豊平区豊平『やきとり真』

f:id:tkasaiii:20200319201042j:plain

贅沢は敵だ。そう思って今までこらえてきた。

だが、それはおおむね功を奏すことはなかった。

無理な我慢が鬱屈した人間性を形成し、その発散のため、多くの破壊衝動に身を委ねざるを得なかった。

若かりし頃、北海道有数の名水の産地、羊蹄山の『ふきだし公園』で、私は破壊衝動に身を任せ、セイコーマートで買ったボルビックを水が湧いているまさにその場所でまきちらしたことがある。それも、1リットルもだ。そのときから羊蹄の水は純度100%ではなくなってしまった。「純白を汚す」という意味しかない不毛な愚行。

あまりにもワルすぎる。京極出身の友人は未だに許してくれない。

命……夢……希望……どこから来て、どこへ行く?そんなものは、この私が破壊する!!

贅沢をつつしむあまり、私はひねくれてしまった。あれから20年。この歪んだ性根は、今も変わらず、心の奥底でくすぶり続けている。

だが、もう40も手前だ。あのころと同じ無軌道なことはできやしない。自分を傷つけるような発散の仕方はもう終わりにしよう。私はケフカではない。

そんなとき、懐も心も痛まず、誰も傷つけず、精いっぱいの贅沢を味わえる場所がある。それも、たった550円で。

『オージュア』

これはシャンプーとトリートメント、合わせて12000円もする未知の領域の名である。

ーーーーーー

気圧……花粉……コロナ……どこから来て、どこへ行く?

私の我慢は限界に達した。もうだめだ。もう欲望に身を任せたい。

私はきれいなおじさんになりたいッ!

思いついた瞬間、私は共栄湯にいた。

共栄湯で実施されているレンタルシャンプー100円。

その中に『オージュア』はある。

我々、おじさんにはなじみがないが、口コミの中では「もったいなくて1週間に2回しか使えません」という切実な女子の声すらある逸品だ。

「あ?なんでシャンプーなんかにそんなお金かけんだよ?頭なんて、洗えりゃいいだろ?」

お待ちなさい。それが、おじさんのよくないところですよ。自分のわからない世界をまず否定から入る。そうやって、自分のささやかな世界を保とうとする。拡張を拒み、残された人生を閉じられた世界で生きていく。

老いていくっていうのは、降り積もった年月をこれからの人生に生かしていくってことじゃないのかい?培った経験を使って自分の世界を広げていこうとは思わないのかい?

とはいえ。

……ねぇ?

……でも、ねぇ?

シャンプーとリンスに12000円って、ねぇ?

ちょっとやりすぎじゃないんかねぇ?

そもそもリンスとトリートメントってなんか違うのかいねぇ?

ーーーーーー

プッシュする手は震える。なにせ、おふぃすれでぃが「もったいなくて1週間に2回しか使えない」くらいの代物なのだ。

手に取ったオージュアは無色透明。香りはほんのりと匂いたつ程度。いつも使っているシャンプーのほうが圧倒的に強い。

ふむふむ。そうかそうか。

洗い流して、トリートメント。

ほうほう。

はいはいはいはい。

うむ。

わからん。

まぁ、いい経験をしたってことで、サウナ・水風呂・交互浴に行こう。人間、切りかえが大事だ。

共栄湯の奥の超ぬる湯は交互浴の間に挟むと、至極の時間になる。しょせん、おじさんにはファビュラスなんてわかりゃしないんだ。そのかわり、俺は温冷交代浴の気持ちよさを知っているのさ!

はー、あっちー。あつ湯、しっかりあっちー。

はー、ちべてー。水風呂、しっかりちべてー。

ハー、ヌリー。ヌルユ、シッカリヤサシー。

ハー、ビチョビチョー。サウナ、シッカリビチョビチョー。

ハー、チベテー。ミズブロ、シッカリチベテー。

ハッ!気がついたら、ニルヴァーナ来ちゃってんじゃん。困ったなぁ、こんなにちょろい体になってるんだなぁ。ポリポリ。

……

……え!!!

なにこれ!

ツルツルじゃん!!!!!

髪の毛の摩擦抵抗がぜんぜんなくなってるんだけど!!!!

ーーーーーー

脱衣所で髪を乾かす。自分から今まで感じたことのないふわりとした芳香が漂っている。

感度があがった体が、先ほどいまいち感じられなかった匂いを敏感にとらえている。

それに髪がしっとり、ふわふわなのだ。

「これが……あたし……?」

心の中でそうつぶやくと、「ここは舞台、あたしは女優よ」という強い気持ちがむくむくと膨らんでいく。

このまんまじゃ、あたし、帰れないわ!

ーーーーーー

f:id:tkasaiii:20200320121550j:plain

共栄湯からの帰り道、元気でかわいらしい女性店長が切り盛りをする焼き鳥屋さん『やきとり真』に寄り道をする。

ファビュラスを身にまとった今、ここがもっともふさわしい場所に思えたのだ。

全身の感度は共栄湯によって、極限まで高まっている。そして、私のファビュラスおじさんっぷりはオージュアによって過去最大級だ。もしかしたら、店長さんに「あれ、今日、なんだか髪がふわふわ!どうしたの?」なんて言われちゃうかもしれないのだ。のだのだのだともそうなのだ。それは断然そうなのだ。

そんなわくわくした気持ちで、料理を待っていた。

f:id:tkasaiii:20200320122018j:plain

何気ない酢モツ。

ファビュラスファビュラス妄想していて、何の覚悟もなく、酢モツを口に運ぶ。すると、鼻腔をぶん殴られてしまった。

鼻の奥まで貫かんばかりに香り立つジャパニーズハーブッ!!!

「え?これ、なにの風味?」

香りはすれど、なにかがわからない。小腸のくにゅくにゅ、砂肝のこりこり、口の中で炸裂し続ける鮮烈な香り、酸味で次の一口が止まらない。

よく見ると、酢モツの中には刻んだ生姜が入っている。これが正体だったか。

「じゃあ、生姜の匂いがわからなかったってこと?」と少し自分の味覚にがっかりする。でも、それは許してほしい。

『やきとり真』の酢モツには、生姜のわずかな辛味すら感じられないぐらいの仕事が施されていたのだ。辛味が消えた生姜の香りが、途端にとんでもないジャパニーズハーブに変わるなんて知らなかった。

やべえ。浮かれている場合じゃないかもしれん。

f:id:tkasaiii:20200320122724j:plain

本日のおすすめバラ巻きアラカルト。見るからにして、こいつはとんでもなさそうだ。

まずはブロッコリーから。

一口目に襲ってくるのは炭の香りだ。そのあとに豚肉の脂とブロッコリーが口の中で混ざり合う。

マイタケの強い匂いは炭の香りとまじりあい、豚の脂が包む。

極めつけはレンコン。

口の中がしゃきしゃきのじゅぷじゅぷだ。

唾液がとめどなくあふれる。混じる。かみ砕く。心地よいレンコンの抵抗。香り立つブロッコリー。炭の匂い。繰り返される諸行無常。よみがえる性的衝動。

そして、最後の一口でピンクペッパーが弾ける。

幸せなフィナーレだった。

ーーーーーー

お会計を支払うと、かわいい店長さんときれいな店員さんがお見送りをしてくれた。

「また、どうぞ。お気をつけて」

ほくほくした気持ちが心に広がる。

ああ、最高だ。これは超贅沢をしてしまった。明日からもがんばれそうだ。気圧?花粉?コロナ?かかってこいや!!

……でもな。

オージュアには気がつかれなかったな。

ファビュラスだったんだけどな。

いい匂いするんだけどな。

そんな乙女心を抱きながらおじさんは帰路についた。